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ジョー・ザビヌル

ジョー・ザビヌル



 ところで、ジョー・ザビヌルは、好きか?と問いかけられれば、答えに、正直困ってしまうだろう。どうしてなのか?それは、普段から好んで聴かないけれど、いつも耳の奥に残っているし、意識的に避けてしまう楽曲ではないけれど、親しみを込めて好きと言えるだけの自信が無いからだ。



 そう、それは、きっと天気予報(ウェザー・リポート)ほど、確信的で、あやふやなものが無いように存在している奇跡のひとつでさえある。



 こう書き始めると、何やら不可思議な問答を孕んでいるようだが、事実、ザビヌルの音楽には、或る種独特で捉え難い世界があって、それは一聴するなり誰しもが解ることだ。それは、多分に彼が産まれ育ってきたヨーロッパの複雑な環境によって育まれたことであるかもしれないし、それ以外の特定の要因かもしれない。



 とかく複雑で、難解。POPではないから、近づきがたいけれど、ワールドワイドで民俗学的な要素によって、しっかりと漬け込まれているので、むしろその分で共鳴する部分もあり、なおさら惹かれ方に面白いクセをつけてくれる。



 そもそも一大音楽家というのは、多彩なカレードスコープのようなものだ。キャノンボール・アダレイのもとで《マーシー マーシー》を演奏していたときも、マイルス・バンドでビッチェズ・ブリューを演奏していた時も、ジャコをフロントラインで操っていたときも、全てザビヌルのエッセンスそのものなのだ。



 すでに何回か、ザビヌル・シンジゲートとしてブルー・ノートに来日しているのだが、これまで足を運んだことは無い。その理由は、再び、この冒頭にリバースしてしまう。彼の音楽が終わりの無い呪文のように、尽きることなくグルグルと同じところを廻っているように聴こえて幻惑させるからだ。



 このライブアルバムは傑作といえる。逸材を引っ張ることで有名な、それが特権ともいうべきフィクサーは、この作品で、パコ・セリーとリチャード・ボナというアフリカの宝石を文字通り発掘した。



 マイルスの門下生は、それぞれが演奏家として秀でた逸材だが、それぞれが自らのスクールとも言うべきミュージシャンを作り出して行く。そして何よりも、ジャコが、この世に出られたキッカケを与えてくれたのがザビヌルとの出会いであることは揺るぎ無い事実である。
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