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お食事 いわさき@有楽町/日比谷

お食事 いわさき@有楽町・日比谷

創業大正期になる老舗

有楽町駅ガード下が発祥の大衆食堂


 世相と共に移り変わりが激しい東京にも、さまざまな歴史がある。”おでん岩崎”の名前を知ったのは、ごく最近のこと。とある千代田区の歴史を紐解いていた時に、不意に現れたのが、岩崎善右衛門という、大正期のおでん屋にして社会活動家、そんな妙な肩書きをもった人物。



 歴史のスキマに埋もれ、今となっては、実態を説く資料に乏しく、なかなか在りし日の様子まで、絞り込めなく、まことに歯がゆいのだが、有楽町駅ガード下で、おでん屋を営む傍ら、晩年の昭和初期、私財を投じて、市川の中山に、岩崎私立養老院という老人養護施設まで作った、忠に篤く義に堅い愛国の士であり、まさに当時、裸一貫で叩き上げた、立志伝中の方だということまでわかった。



 と、書き連ねても、春爛漫で、ご気楽な平成の世に、まったく、ピンとこないだろう。そうした過去の記憶を押し留めるに、時代は速やかに変わってしまったものだ。この、有楽町駅に程近い、古びてレトロな佇まいの定食屋、食堂  いわさきが、実は、そうしたバックボーンを持って、大正時代から綿々と続いて、未だに、”岩崎”の名前を留めた遺構なのであるから。



 おでん岩崎の創業者=岩崎善右衛門は、大正期、当時の所轄であった省線の麹町区有楽町ガード下を借り受けて、24時間営業のおでん屋商売を始める。おそらく、ガード下での営業が認められた、ごく初期の、日本で最初のお店であるかもしれない。



 ガード下のお店ながら、開店当初から、活況を呈し、やがて日活ホテル内(旧日比谷パークビル=現在は解体)にも姉妹店を出すなどして、勢いは好かったらしい。終戦後、昭和22年から現在の地に移転して、二代目は日本食屋として営業を再開した。当時は、進駐軍関係や彼らを相手にしたナベプロ(渡辺プロダクション)の社員たちで賑わったそうな。現在は、三代目が務め、定食屋として営業が続けられ、サラリーマンたちで賑わっている。 現在の食堂 いわさきさんは、日比谷線日比谷駅出口近くの晴海通りとJR架線がクロスするあたりの一角、日比谷シャンテの裏手の路地に、お店は、ひっそりとあります。



 カウンターも含めて、テーブル席が数席という、非常に、こじんまりした、古色蒼然たるレトロ入った昭和の食堂っぽいお店です。駅前によくある大衆食堂といえば、そうなのですが、この町で、もっともな古株だと聞かされても、おそらくは、ピンとこないとは思います。



* 千代田区有楽町1-6-9 



 わかれ(カツ丼別れ) : 750円(+100円で味噌汁)

☆☆☆ (* カツ丼のカツ煮と、ご飯が分かれた、ここオリジナルな裏メニュー)



 意外とコレが美味しい!かなり独特な味付けである。今で言うところのカツ煮定食であるが、いわさきさんのウリで、”ワカレ”と称している。カツ丼としてご飯に乗せるべきところを、皿で出したところから、この名前が付けられたようだ。いまは、こんなメニューがある事自体、知ってる方も少なくなってねぇ~と、帰り際、オバサンに言われ、思わず、感謝された。



 割り下の分量が多く、さらに濃厚。カツが極限まで濃厚な割り下に埋没され浸されて、ずいぶんと、ふにゃ~っとして出される。昭和を感じさせる、一品、肉が薄っぺらなカツが、昭和初期のカツ丼を髣髴させて珍しい。



 割り下の味は、かなりな濃い味だが、一瞬、ウスターソース?かと思われるような、強い酸味が特徴。詳しくは、わからないが、ポン酢のようなものとソバツユを一挙に合わせたような、こちら独特なもので、甘味、酸味が強くて独特である。



 中に入った玉ねぎは、シャキッとして、絡んだ玉子は、かなり生に近くて、美味しい!味噌汁は、しじみ汁(+100円)、口取り(香の物)に、煮豆と高菜が付けられる。サバ塩焼き、豚しょうが焼き、メンチカツ定食などが人気だが、見たところ、オカズ類は、どれも少量で、比較すると、ご飯は大盛になりますので、あらかじめ、軽めで、とオーダーしましょう。



 値段は、分量に対して、やや高めですが、白米も美味しく、それぞれのおかずも、ものはよく、味付けは美味しいと思います。むかしからのお店は、大切にしたいものです。
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