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高輪二本榎町界隈を歩く

高輪二本榎町界隈を歩く

旧東海道を歩くシリーズ


 これが何の建物だか、ご存知でしょうか?答えは、高輪消防署二本榎主張所なのです。高輪2丁目界隈をシンボリックに表現している建物で、昭和8年の建造物ですから、もう、かれこれ75年ぐらいも、この辺りを眺め渡している計算になります。



 三階建てで、その上には、珍しい望楼が付いてまして、火の見櫓なんでしょうけど、鉄筋コンクリートのモダンな形状をしております。高層ビルもなかった開設当時には、高さ30メートル余りの望楼から、ここらは標高25メートルの高台ですから東京湾方面がよく眺められたそうです。逆に、海上から見た場合、海原を走る軍艦にも、たとえられたそうなんです。非常に目だって、すっきりとしたデザインなんです。 江戸時代に、日本橋から東海道を南下して、品川宿の手前、小高い丘陵地帯を、高縄手(たかなわて)と呼び習わしていたそうです。海辺から見上げると、丘陵地帯の尾根部に、縄のように道が続いていたと、想像できますね、それが高縄=高輪のゆえんと言われておリます。



 ここいらへんの高輪は昔から寺町で栄え、当時、この辺りにあったお寺には、二本の大きな榎の木があったことから、旅人の目印ともなった榎が、その後、二本榎という町名として、この地に愛されて残されているということでした。従って、この旧東海道の一部分でもあった二本榎通りは、昔から重要な交通要所だったようなのです。



 高輪2丁目という、ごく平凡な名前になってしまった、この高台の尾根道=二本榎通りも、もとは、そんな謂れが、あるのですね。承教寺の門前にある木札には、そう書かれていた。そして、この承教寺の山門には、このような、いかめしくもユーモラスなヘン顔の狛犬が居て、注目を惹きます。この承教寺は、石橋湛山の菩提寺でもあり、江戸時代の画家=英一蝶のお墓もあったりします。 季節柄、ちょうど桜が満開となっていました。二本榎には、高輪消防署のすこし先に行った路地に入り込むと、小さな銭湯がありました。かれこれ40年近くになろうかという古びた建築の高輪浴場さんです。番台のおやじさんは、ちょっと頑固そう。昔がならのちょっと古びた町の銭湯ですが、内部は、よく掃除が行き届いていて、綺麗です。お湯は、水道ながら、とても鮮度がいいんですが、やっぱり激熱な浴槽。ですが、体の芯までよく温まりました。



 町を隈なく歩いてみて、その高低差を実感させることは、とても大切です。物事、平板ではない。そこに歴史の変遷があったり、はたまた移り変わり行くビルの建設など見るにつけ、時間軸という推移する縦軸も自ずと掴めて来ます。



 あとは、大まかな位置関係です。高輪の高台と降りて行った際に品川駅との関係、また白金へと続く方向性との関係です。ゴミゴミした場所であるなら、何故、其処が繁華街となったのか、その背景、高輪のように穏やかなまま、いまのような町並みを留めている理由など、こっそりと考えてみると町歩きの面白みが増すのです。



 拠点、拠点を繋いでいく面の思考回路が求められます。やがて面が組み重なっていくうちに、食べる、出逢う、発見する、などさまざまな様相も取り込まれて、自分にとっての《あるくーみるーきく》が完成されていくのだと思います。
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