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牧野富太郎

牧野富太郎

 わたしは植物が専門分野であるが、あまり、此処には書きしたためたことが無い。子供の頃は、図鑑や百科事典を眺めていることが多かったように思う。実際、図鑑のなかで見慣れた植物も、野山で観察するときには、意外に違って見えることもあり、その同定/鑑定は難しい。



 図版も、描かれたカラーのものと実写では、案外、線描きのモノクロが分かり易かったりするものだ。事前に、想像力みたいなものが、そこに働くからじゃないかと思う。牧野富太郎の図鑑は、いわゆる図版だった。今思えば、たいがいの植物は、パソコン上で検索が可能であるが、昔は、かなりアナログな付け合せが繰り返し必要で、思うように種類が分からずじまいのときもあった。



 ただし、どちらかといえば、現在は、野生植物、それも日本の在来種がけっこう稀産種になってしまい、替わりに帰化植物が跋扈するようになってしまったので、その同定もかえって難しく煩雑なものになったように思える。花屋の店先に並ぶ園芸種より、育種ではない野山に生息している植物の方が、目立ったものであれば、数少なくて同定が比較的に楽になってしまった。  そんなわけで、自分にとって牧野富太郎や武田久吉は、いわばデフォルト設定。取り立てて、その著作を読み返してみようなどとは、思っていなかったのだが、講談社の学術文庫には、牧野博士の本が収められている。この植物知識は、旧郵政省より、四季の花と果実という題目の本に刊行されたもの。



 昭和24年、ようやく戦争が終結して、これからという時節柄、まさに啓蒙書として、国民に意味ある手引きとなったのではなかろうか。牧野は博学であるが、穏健派というより、めっぽう個性が強いように思える。その実、断定や喝破が多いし、決して穏やかに、植物学を興した人ではない、そこに苦労もあり、また軋轢もあったろうと思う。それだからこそ、パイオニアであったとも言える。



 牧野富太郎、文久2年、江戸時代最末期、土佐の生まれ、明治~大正~昭和と4時代を駆け抜け、95歳に到って死するまで、植物について独学を貫き通した、ある意味、屈強と言わずしてなんあろう。でも、彼の生き方にあまり参考になるものはない、オリジナリティーは世に受け入れられず、たえず、その周縁と軋轢を生み出すからである。



 造り酒屋の長男といえば、旦那芸に馴れなかった、内田百閒と同じような出自とみなされる、若冲と同じように、何かに打ち込むものがなければ、破綻してしまうような心をひそかに持ち合わせていたような気もする。
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