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猫の耳に秋風

ノラや そして トクサの茂みに消えた残像。

帰りを待つ主人の耳に、鈴の音をそばだてて聴くも、

そこに吹くのは、一抹の秋風也。


 

 玄関先の庭に、木賊(トクサ)が一面に生え繁ってる家っていうのも、たびたび目にすることがある。日本家屋が、めっきり少なくなったことから、見かけることが珍しくなったとはいえ、どうしても気になることがあった。何故、そんなことに注目するのか、といえば、それは、内田百閒の小説に、次のような、有名なくだりがあるからです。



 「 5年前の3月27日の午後、家の猫のノラが木賊(とくさ)の茂みを抜けて、庭を渡ってどこか行ったきり、帰って来なくなったあの当時の事を思ひだす。 」

 

 こうして、木賊の茂みを見たとき、ふと、いやがうえにも百閒のことが思い浮かぶのである。飼い猫が、ふっとした拍子で、家から逃げてしまう瞬間、それを木賊の茂みと関係付けて書いてある、一連の日記とも創作とも、エッセイともつかないような百閒ワールドに、ネコの残像と昭和の家屋が重なっているのです。



 ネオロマンティシズムをもじって、百閒は、愛猫ノラに「対して消えぬ思いを《ネコロマンティシズム》と題して、「 クルや お前か 」に、再三、登場させた。



 猫と百閒の出会いは、いつも唐突で、ユーモラスでさえある。普段、しかめっ面した頑固オヤジが、可愛らしい猫ごときに、いつもオロオロさせられたり、いいようにあしらわれたりもする。そんなヤリトリが、「ノラや 」を初めとしたネコシリーズに書きしたためられてきた。



 ネコは、まことに奇妙な動物だという百閒の観察眼は、むしろ自らに言い渡された=それであると感じさせるほどである。 そんな、日本家屋に閉じこもって、来客を制したことから名付けられた= 「 禁客寺 」は、晩年、麹町の寓居にて、書かれたゆえ、皮肉めいて、金閣寺をもじって題された文集。



 発刊当時、新潮に連載されていたエッセイを中心に、後に、第三阿房列車にも再収録されることとなった小編も合わせて組み入れられている。



 初版は、29年10月、函入りであったが、3版になると右のように函が取れ、カヴァー付きに変貌している。これは、なかなか市場でも見ない。
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