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植草甚一 マイ・フェイヴァリット・シングス@世田谷文学館

世田谷 芸術百華 2007 区制75周年

植草甚一 マイ・フェイヴァリット・シングス

2007年 9/29~11/25 於 世田谷文学館




 来年で生誕100年、植草甚一の回顧展があるらしい、J・J気分で、ぶらっと行ってみよう。なんだか、明治生まれは、今よりずっとダンディーでアメリカンな香りがする。 自分が植草甚一の事を初めて知ったのは、高校生の時分、通い詰めた図書館の書架であったように覚えている。何冊か興味を持ち、読み進めるうちに、実は母校の先輩であったことに気が付き、ビックリしたものだった。昔のことであるから、もちろん旧制予科であり、直接的ではないにせよ、高校の先輩であったことは、それ以来、自分のなかで植草さんとして、どこか特別な想いを抱き、誇りと親しみを持った扱いをしてきた理由となっている。



 しかも、ずっと植草さんは、私が生まれた頃から、我が家の近くに住んでいて、人生の大半を世田谷に住み、おそらくは多くの時間をジャズ喫茶や古書店で過ごしたであろうけれども、近隣の寓居を転々としながら、やがて、見事なまでに積み上げられた膨大な書籍とレコードの山に、埋もれるようにして亡くなられた。。没後、しばらくして、経堂や下北沢周辺の古書店を見て歩くと、植草さんのサイン入りの本が比較的容易に見つけられたものであった。



 このたび、そんな世田谷という彼との所縁が深い地で、ひさしぶりとなるJ・J氏の在りし日を偲ばせる大々的な回顧展が芦花公園にある世田谷文学館(HP)において開催中である。これを初めてみた人にも、きっと植草甚一は、いまとなっても、なかなかジャンル分けできない、既存の枠組みに捉われない多彩な才能に満ち溢れた人物であったことを痛感させることであろう。



 ひとことで表現すれば、《POP》である、それも、ありきたりでなく、自由奔放な可能性を発揮していた、それは文筆業だけでなく、走り書きのようなペン書きのイラストにも、モノクロの写真を通じて窺い知ることのできるほど、甘んじて余りある個性豊かなスタイリストであった。



 特別、何が良いというわけでは無い、膨大な書籍や原稿、今読んでも、けっして得るところのない雑文集であるけれども、その文体やムック本の先駆けともいえそうな雰囲気は、たしかに、最近流行りのブログを先取ったかのような感覚すらあるのが不思議だ、この植草甚一というひとは、たしかに明治末生まれにしては、よほど垢抜けて、21世紀まで飛び越えた感性を発揮していたように思えてならない。 今回は、植草さんの遺業を、その趣味的な観点から、モノとして、アメリカ文学、翻訳、執筆、肉筆である手紙・はがき・原稿など、あるいはスクラップブック、コラージュ、イラストまで、細かく陳列されていて、なかなか壮観である。



 また、植草さんの没後、タモリの所蔵となった=膨大な幻のジャズレコード・コレクション=2000枚のうち、その一端を実際に見ることができる。チャールズミンガスなど生前に直に親交のあったビッグ・ネームなジャズミュージシャンたちの足跡と重ね合わせてみるのも面白いだろう。



 植草甚一的世界、その宝島への入り口は、ひとつではないと思う。今回の回顧展は、植草甚一にとってのかけがえの無い素敵な事柄=MY FAVORITE THINGSであったとともに、これからファンになっていく(であろう)若い世代の人びとにとっても、《わたしが好きな植草甚一》であって欲しいとも思う。それら、すべてが植草甚一であり、ブリコラージュ、そのもの、彼の等身大なのだ。 なんだか、とっても時間ばかり経ってしまったけれど、植草甚一が70年代、経堂にあった彼の家の近くから、ぶらっと遊びに出ていた、町の風景、そして、いまでも語り継がれる、彼の姿。そんな感傷と謂う名の追憶と追慕とも無縁なJ・J氏の面影を抱いて、経堂散歩をしてみよう。なんて気儘な企画もあるようなので、是非、もういちど、植草さんの書物など読んでみようかなと思うのである。
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