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偉人 伊能忠敬と佐原

偉人 伊能忠敬と佐原

 正直、伊能忠敬について、これまで詳しく調べたことは無かった。キッカケはいくらでもあったのだが、いままでピンとこなかった。伊能忠敬は、漁村、九十九里の生まれ、婿養子として、佐原の酒造商家である名家=伊能家に来た。伊能家では、代々、測量などの仕事も行っていたらしく、その素養が後に役立っていく。49歳で隠居するまでは、商人として有能で、バリバリのビジネスマンとして働く。数々の功績もあって、佐原の町を取りまとめる名主を拝領するまでになる。土地の名士である。



 そこまでの働きも、江戸期においては、たいした成果であったわけであるが、彼が偉人といわれる謂れは、むしろ、それに終わらぬ人生後半、リタイヤしてからの20年間に集約されて開花する。老後の愉しみではないが、一念発起して、学問を志すため、江戸へと移り住み、天文方 高橋至時(よしとき)に師事/入門する。この高橋至時は、今では知られていないが、年齢的にかなり年上である伊能忠敬を終始バックアップした重要なキーマンであり、優れた人材であった。



 天文方とは、幕府お抱えの天文暦/天文学者と思っていい。江戸時代に、海外からの知識に精通し、当時すでに、世界地図を入手していたり、宇宙論を作ったりと、それはもう、最先端ともいえる壮大な考えの主であったと思われる。そういう学派に属していた高橋の門下生として、狭い封建社会の眼差しとは離れて、遠く地球の果ての天体観測から、日本国土を見つめるという理想を詰め込んで、日本地図の作成のため測量を行ってきた。驚くべき先見性と、地道な薫陶が光る。芭蕉とは違う想いを追って、日本各地を廻ったのだと思う。 伊能忠敬記念館は、そんな郷土が生んだ、佐原の偉人 伊能忠敬の旧宅を開放展示するとともに、小野川の景観を保つために、小江戸佐原の文化的な核として作られたものである。



 展示品も、展示内容も、非常にわかりやすく、見るに値する。伊能忠敬は、始めの頃、志し清く、いわば、自費を投じて、日本の測量を始めていた感がある。その後、その功績が幕府に認められたことにより、国防上の観点から、後押しがあり、公費で、日本中の測量が任されたといっていい。



 各地での測量は、江戸時代で、物理的な弊害も多々あったろうとは推測されるが、人的な妨害等もあったそうで、糸魚川では、かなり現地役人との葛藤に悩まされたようである。そういう並々ならぬ苦労を経て、いまでも、十分通用するような、海岸線がバッチリと確定された地図が、彼の死後になって完成する。



 あまり知られていないが、伊能忠敬の地図作成に与えられた時間は、昼は現地の測量、夜は天体観測に当てられたという。つまり忠敬は、昼夜問わず、地図つくりに邁進し、いまでいうところのランドサットのような働きを自ら考案しながら、全国津々浦々を歩き回って、地図を起案させたのである。 △ 樋橋(とよはし) : このちっぽけな橋、見ていたら、なにやら、橋の両脇から水が溢れ出てきたのでビックリした。観光協会の方に聞いたのだが、もとは、小野川に掛けられた農業用水を運ぶために設えた大きな樋(とよ)の役割を果たしたものの再現したものらしい。



 この橋から、溢れた水が、両端から川へと落ちるために、水がじゃ~じゃ~と落ちる音から、ジャージャー橋と呼ぶようになったという。先に、樋として渡したものだが、後から、橋としても機能するようになった。船着場になっており、ばぁさんが船頭を務める観光船ばかりに目がいくが、この樋橋の水のセレモニーにも注目してほしいものだ。写真は、ナイアガラのように落ちる水のベール瞬間時に撮影。30分おきに落水が見られます。

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創業300年、炭火焼うなぎ 山田うなぎ店(うなぎ割烹 山田)@佐原

炭火焼うなぎ 山田うなぎ店(うなぎ割烹 山田)@佐原

東京近郊で食す、自分が好きな蒲焼ナンバー1

もちろん、うなぎは山田!

美味しいうなぎ屋さん巡り 記念すべき、第100話を飾る


  《 天高く、鰻肥ゆる秋 》 美味しい蒲焼を食べたい、その一心で、これまで、ストイックに数々の鰻屋を経巡って来た。いよいよ、此処にきて100店舗目となる区切りには、自分が行きたい店を、しっかりと心に、決めていた。佐原へと赴く前夜、ひさしぶりに、夢を見た。不覚にも、蒲焼が、たくさん食卓に並んでいる夢だった(笑)。それほどまでに、恋焦がれた蒲焼(実際、鯉こくも好きだが)への旅路のドキュメントである。 



 澄んだ秋空も、天高く、黄金に波打つ稲穂も輝き始めた頃、かねてからの課題(悲願)であった、佐原の鰻攻略へと向かった。折りしも、鰻店100軒訪問達成という偉業へと向けた、自分へのセレモニーとして、一路、成田の先へと赴いた。と言いつつも、海外であろうはずはなく、もちろん手始めは、香取市佐原であった。



 佐原と言えば、江戸時代から、河川の水運で栄えた水郷のある商都。成田から銚子までの間には、利根川の河口部分を控えて、天然うなぎさえ獲れるという、鰻好き憧憬の地であり、その先には、東庄のたべた、閏戸の八幡屋、銚子 茂利戸家などをはじめとして、まだまだ数多くの魅惑の名店がある。



 成田までは、東京から近いが、その先は、慣れた気持ちにはなれない田舎である。電車の本数も極端に減って、接続の時間を逃すと、一時間以上も待たされる破目になる、遠くてけっこう時間がかかる場所だ。しかし、鰻無くとも、佐原は、歴史の薫陶がある良い町だ。



 佐原には、江戸時代から育まれて来た歴史を温存する、豊かな街並みが残されてある。江戸時代に、日本中を隈なく歩いて、測量した、伊能忠敬の偉業には、程遠いけれど、自分もまた、佐原のような町に憧れを持って、鰻探訪/堪能の志を、初志貫徹したいものだと思う。 佐原で鰻といえば、およそ、2つの選択肢がある。柔くてあっさりめを所望なら、うなぎ長谷川(本店と与太浦店がある)か、コッテリと大振りのダイナミックな味わいが渇望されるなら、うなぎ山田と、うなぎ別館やまだ、に支持層も好みも分かれると思う。



 鰻も、その時々で、微妙に品質や焼き方にムラが生じるため、必ず図星があるとは限らないが、おおよそ好みを知って、当たりを付けると良い。



 蒲焼としての圧倒的な旨さを有する、佐原の雄、山田本店は、言わずと知れて群を抜いている。しかし、鰻の味はともかく、サービス云々や、観光地ならではのザワザワとした雰囲気が醸し出す不満、待ち時間による我慢が強いられるなど、あまり誉められたものではない、泥臭い部分も秘めたお店であることも付け加えておこう。あくまで、田舎のお店ゆえ、都会の料亭のような気取りはないので、そのあたりの不届きには目をつぶることだ。



 落ち着いて食べたいと、思う向きには、はじめから、山田でなく、長谷川へと行くべきだ。長谷川さんは、中休みも無く、比較的、落ち着いて食べれる。山田であるのなら、別館より、本店、それも狭い1階席でなくて、広い、2階席が良いと思う。



 なお、この山田(本店)は、2階の入り口は、正面玄関口とは違って、右脇にあることも記しておこう。大人数の場合、2階が無難である。1階は、テーブル席であっても、小上がりであったとしても、相席が必ず言い渡される。回転も比較的鈍いことも付け加えておこう。ちゃきちゃきと、バイタリティーある客あしらいは、不得意と見える。店内には、なにげにのんびりムードが漂う。



* うなぎ割烹 山田 : 香取市佐原イー457 月休(祝日に重なったら翌日休)

11:00~15:00 17:00~20:00 (別館よりも混雑は少ない。)

 文句無く、まい!山田のうなぎ



鰻じか重(上) : 2200円(肝吸い付き、並は普通の吸い物)

☆☆☆☆☆ =季節が秋だったので、おそらく一年中で、一番鰻が美味しくて、好い季節だと思われるが、もちろん、今回は、満点。自分が、これまで食べた、最高ランクの美味しさで、言うことは無い。筆舌付くしがたく、感服である。この下のクラスは、並で、1900円、やはり少々小ぶりとなる。



* この(上)より更に、上には、時価と称して、その時々の最上品が振舞われる、ただし、二人前から調理可能、いつもあるとは限らないが、それより、この(上)クラスでも、もちろん十分に満足すぎる位である。



 此処の山田うなぎ店とマイカー族に人気な、うなぎ別館山田は、別物である。なぜなら、山田うなぎは、備長炭使用の炭火焼にこだわりがあり、別館山田は、ガス焼きである。鰻好きなら、圧倒的に炭火焼だと思うのだが、気にしないむきには、別館を推すも好き好きと言えよう。実際、別館のほうが好きなひとも存在している。しかし、別館のほうが、評判が、なにかと悪いことも事実ではある。



 鰻屋の支店は、たいがい、経営者も違って、調理法も自ずと違うから、それぞれ別のものとして捉え、それぞれに鰻屋の特徴あること、その一長一短をわきまえながら、本人の好みとの一致点を見出すことだと考える。



* 諏訪(岡谷)と同じく、指定しないと、白いご飯と蒲焼きが別々になって、運ばれてくる。ふつうどおりに、鰻重を所望ならば、直に置いた意味合いから、じか重上で、じか重並で、とハッキリ、コールすることが必要。なお、うな丼スタイルもあって、自分が一番、おいしい食べ方の流儀を想像しながら頼むといい。



 うな重=蒲焼きの別盛り、じか重=タレが少し掛かった白飯に蒲焼きがじかに乗った通常のうな重と前情報でしっかり予習してから行こう!なお、うな丼は並が1700円で、じか重とうな重並は、ともに1900円。鯉こくも旨いらしい。



 自分は、地焼きスタイル好きなので、諏訪と同様、こちらの鰻は、うな丼ではなく、鰻重でもなく、白飯と蒲焼き別々のほうが、向いてるし、味わってより美味しいと感じるスタイルと思う。 お新香 : ☆☆

 佐原スタイルでは、口取り(小鉢)が、別に、一品付くらしい。こちらは、山菜。お新香は、いわゆる田舎らしい漬物、やや発酵が進みすぎて、酸味が出て、後味がサッパリするタイプ。



 肝吸い : ☆☆☆

残念ながら、肝焼きは当日、売り切れ。こちらに入っていた、肝が大きかった。吸地が塩辛く、メリハリが付いたタイプ。具には、そうめん多量に、三つ葉、かまぼこという、野暮ったいメンツ。



 うなぎ : ☆☆☆☆☆

ボリューム、味、炭の香りともに、申し分ない出来映え。これからも、このような味わいに出会えたら、幸運かとも思う。今では、きっと、珍しくなってしまったような、古くからの蒲焼きの良さを体現したようなもの。こちらの若主人は、成田の川豊で、修行した時代もあったらしいが、まったく、こちらの技法にのっとった、すばらしい出来映えと心得たものだ。



 紀州備長炭を、正攻法に使用しているので、諏訪で食べたのよりも、炭の香りが、かなり効いていて、なんとも旨味に成り、さらにアクセントとなって味覚に加わって惹き立てている。諏訪よりも千葉のほうが、やっぱり本場で蒲焼きは旨い!注文すると、その場で焼き始める様子が、1階のテーブル席から、調理場へと小窓越しに覗けるようになっていて、捌きも、炭焼きも確認することができる。なお、繰り返すが、山田別館は、通常のガス焼きである。



 注文してから、テーブルへと運ばれるまでが、客の空いていた時間帯で、20分強。いわゆるセイロ蒸しが行われなく、地焼きされるなかで、余熱で脂分を落とすコントロールをしている(=箱蒸しという技法)と思われる。諏訪の地焼きがネトネトなら、こちらの地焼きは、ほどよく、旨味と炭焼きの香ばしさが巧く噛み合っていて美味しい。



 これほどまでに、焼きが絶妙な蒲焼きに出会ったことは無い。すばらしい。ご飯の量も、かなり多くて、そのフカフカ、ふわふわな新米のうえに置かれることで、程よく蒸された状態も作ってるのではないかと思えるほどである。蒲焼き自体に、たっぷりと辛めなタレが、掛かっているので、ご飯には、あまり掛かっていないので、ご飯の美味しさ自体が映える。長谷川は、ややタレが多すぎて、べっちゃりした印象だった。山田のほうが、断然、高いお米を使っている気がする。

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煙突がある風景@水郷の町、佐原

煙突がある風景@水郷の町、佐原

 JR佐原駅に、初めて降り立った。今回の目的は、温泉ではなく、鰻であるのだが、歩き回る途中で、煙突が見えると、どうしても気になってしまう。昼時だが、煙突を眺めると、もう黒煙が出ている。炊き出しの時間のようだ。十分な時間があれば、入りたいのだが、どうせ夕方になってしまうだろうから、今回は諦める事にする。



 緑湯は、駅からすぐのところにある旧市街地の迷路のようにくねった路地を入った、行き止まりのような場所にあった。犬が吠えていて、近くまで近寄れなかったが、かなり荒れ果てた外観が、とても興味を誘った。煙突の彼方には、NTT佐原の鉄塔が垣間見える。 もう一軒、今度は、大きな酒蔵のある、馬場本店酒造、その煙突の向こう側に、見えた先の煙突。空き地になった駐車場の先には、かなりクラシカルな外観で、入り口の両サイドがタイル絵になっていて、目を惹く金平湯があった。



 町田にあった、あたみ湯なんかもそうだったとおもうが、諏訪では頻繁に見られた湯気抜きが屋根に付いている印象的な銭湯だった。とても、いい風情だ、金平湯の向こう側には、さらに、東薫酒造らしき、煙突も見える。こんな風景も、かつては、30軒を超える醸造所がひしめいていた、造り酒屋の町=佐原らしい光景なんだろう。川越より、人出が少ない分、町は静かで、ゆっくりと見るべきものは多い。まちのひとも、親切で、いろいろと教えてくれる、谷中みたいだ。 天和元年創業の馬場本店は、佐原を代表する造り酒屋。勝海舟が逗留したという旨の看板が目に付いた。この区画から、小野川方向へと緩く下る道が、歴史的な町並みの保存地区らしく、大きな旧家が軒並み続く。



 左手が紀の国屋、右手が、かなり格式のある、大きな敷地の清宮秀堅宅。そこから、農道沿いに歩くと、伊能忠敬記念館の裏手へと出る。このあたりを歩くと、佐原の歴史的な町並みの空間、その全体図が診て取れる。それにしても、綺麗な町である。寂れた感じがしない、近世以来、地道に歩んできた、町の流れが感じられる。 佐原は、街中を、利根川の支流である、小野川が流れる、この水運を利用して、銚子から江戸までの流通拠点として江戸時代~明治期にかけて栄えたのだと思う。今では、ただの片田舎に過ぎないが、当時は、水運の集積地として、その流通拠点としては、活性化していたのだろう。商家には蓄えがあったので、その余剰金で、文化と学問が育っていた。その最たるものが、偉人 伊能忠敬の存在である。 柳湯さんがある通りの途中で見つけた、みたらし団子屋さん=茨木家さんで買った、大福。普通の大福とは、ちょっと変わっていて、きんつばを丸めた感覚。つぶ餡は、固めで、なかなか美味しい。創業50年ぐらい、ゆるい時間が流れる佐原の町並みに溶けこんだ、ほのぼのとしたお店だが、味は、◎、こんなお店に出会えるのも、佐原の特徴か。

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赤坂 四川飯店@永田町駅前/平河町

赤坂 四川飯店@永田町駅前/平河町

汁なし担担麺なら、こちらも元祖かと思います。


 日本へと四川料理のイロハを注入してきた、陳 健民、その料理の遺伝子を継ぐ、陳 健一が率いた、四川飯店、その総本山、本店とも言うべき、赤坂のお店を訪ねました。



 駅で言うと、一番アクセスが便利なのが、地下鉄半蔵門線の永田町駅、都道府県会館に通じている出口から地上へと出て、貝坂通りと諏訪坂に挟まれた、全国旅館会館という、ボロっちいビルの6階にレセプションがあります。



 四川飯店を、外せないのは、やはり、後続の料理人たちが、こちらの出身および、修行後が多いためです。味は、継承され、また、時代に応じて進化していくものですが、やはり王道/基本の肝を押さえておくことは、いかなる場合も、肝要かもしれません。だからといって、最重要と言うわけではなく、やはり、どんなものか、知っておくことが正解なのです。



* 赤坂店 : 千代田区平河町2-5-5  無休

11:30~14:00 17:00~22:00

 四川風 正宗担々麺 : 1260円(+サービス料)

☆☆☆



 可も無く不可も無い、しかし、サービス料が付いてまで、これだけ食べるものでもありませんが、担々麺のプロトタイプを知るうえで、麻婆豆腐と共に、やはり欠かせません。メニューには、汁なし、汁ありと2点が併記されていますが、別のページにある、この四川風正宗担々麺(見落としがちではありますが)、本格派ものが、もうひとつ存在します。



 何が、違うのかと言えば、前者が、よくある、ゴマ味噌風味であるとするならば、こちらは、明らかに黒醋を主にしたソースに重点が置かれたタイプと思われます。



* 注意 : 通常、気兼ねなく、ただ、汁なし担々麺と頼むと、いわゆる赤くて、芝麻醤(ゴマ味噌ペースト)を効かせた、健民担々麺(いわゆるタンタン麺として、日本人向けに創作されたもの)の汁が、あくまで少ないタイプのもの(=1155円)となりますので、要注意。なお、正宗タイプが、すべての支店で食べられるわけではなく、味のレベル的な差も顕著ですので、あくまで赤坂を押さえるのが常套です。



 前述の芝蘭店主も、こちらの四川飯店出身なので、やはり似たような系統の味わいです。麺は、かなり固ゆでされた、日式の麺で、けっこう食感は、タレと馴染みます。



 表現すると、肉味噌の黒醋風味見たいな味わいですが、食後に、山椒のシビレ感、唐辛子の刺激が、程よい感じで、ほんのり残ります、この程度が実に辛すぎずに、日本人の口に合うよう、ちょうど生み出された絶妙さなのだと思いますが、物足らなさでもあるのです。



* 四川飯店さんは、サービス料を取られるだけあって、中規模ながら、さすがにサービスが行き届いています。帰り際には、支配人らしき方にも見送られ、まぁ、何不足無いんですが、中華らしさのエゲツナイ押しの部分は、洗練されて日本人の口に合うよう工夫されているので、少ないかもしれません。

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不動の大井戸、お不動様旧跡庭園@成田山 米屋総本店

不動の大井戸、お不動様旧跡庭園

成田山参道、米屋総本店敷地内にある、ちょっと好い場処


 JR成田駅から、新勝寺へと参道を辿って行くと、向かって左手に、大きな米屋(よねや)さんの建物が見えてきます。創業明治32年、羊羹で有名な、老舗の米屋さんは、その名のとおり、明治初年まで米殻販売業を営んでいたものでした。その歴史の一段は、敷地内に設けられた、成田羊羹資料館でも知ることができます。



 また、店の奥を抜けて、工場の敷地の脇に、庭園があります。こちらは、米屋さんの創業者の遠祖にあたる方が、室町時代以降、すっかり荒れ果てた成田山、そのご本尊である不動明王を、一時的に預かって、屋敷内に祀っていた頃の名残を留めるために復元した、庭園跡と井戸跡らしいです。

 すごく整備されて、立派な庭園と隅には、地下から汲み上げている、不動の大井戸があります。もちろん、沸かして飲んだほうが安全なのでしょうが、とりあえず、飲めて、とっても美味しい湧水でした。かつては、涸れることなく清水が湧き出ており、明治期までは、こちらから、新勝寺の本道まで、ご本尊のお水をお供えしていたそうなのですよ。



 ちょっと知られていませんが、お不動様と、たいへんにご縁が深い旧跡ともいえそうなので、こちらのほうも、ぜひ、お参りしておくことをお勧めします。敷地内には、ちゃんと開眼された、平成水守り不動尊も見守ってくださいます。

 夕日が落ち、夜の帳に紛れる頃、お寺の梵鐘が、暮れ六つの時を告げてくれます。お不動様の門前の賑やかさは、意外と早くに閉まってしまいます。夕暮れ時も、なかなか美しいですね。

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東京坂道散歩 / 冨田均

東京坂道散歩 / 冨田均



 前にも、取り上げ、わたしが敬愛する、町歩きの師匠と仰ぐ=冨田 均さんの2006年刊になる著作。冨田さんは、文章も特に巧いわけでもなく、写真も見栄えするものはありませんが、とにかく、東京中をカヴァーしていて、その歩きがスゴイです。たぶん、キャリアから言っても、この人に、おそらく適うひとは居ないでしょう。



 東京新聞、朝刊に連載されていた、《坂道を歩こう》、をベースに、組み立てなおしたのが、本書の成り立ち。東京を隈なく歩きながら、その切り口を無限に見つけてくる、映画・小説の舞台、文人・スターにちなむ坂道、自分の想い出の中にある昭和の断片、それらを整理しようが無いほど、たくさんの情報、事細かに、メモ書きし、事象ごとに分類しながら、年代別に蓄積していく。



 永井荷風=日和下駄も、ひとつの作品として、優れた域まで達しているが、そこにあるのは、江戸風情を懐古した哀弔、惜別が混ざった心象風景である。



 冨田 均には、詠嘆が無いわけではないが、その代わり、実に、淡々として、坦々と歩いているように感じさせる。それは、どこまで行っても、東京の片隅でしかなく、その拡がったさまは、銀座も、京島の路地も、おそらく同等にお馴染みの顔なのである。しかし、唯一、自分が生まれ育った、田端界隈のアップダウンが多い場処では、特別な想いを吐露させる。



 冨田さんは、映画製作に関わっていたこともあり、映画の場面をよく覚えている。登場人物と、風景描写とのハザマに、ちょこっと映った、坂道の存在を、あきらかにしていく。40年間の町歩きで、そのつどのテーマが違っていて、その題材ごとに、まとめられて本が書かれる。



 現在は、町歩きの区切りも、第十次東京散歩であると、本人は記している。坂を明記させる想い出に、植物たち、とりわけ、樹木が登場するのも、冨田流。



 「 最近、谷中の赤字坂から銀杏の木が一本、消えているのに気がついたが、その時と同様の悲哀を覚えた。散歩の楽しさは数え切れないくらいに多いが、樹木との出会いもその一つだ。とりわけ坂と樹木の取り合わせには豊かな詩情がある。 」

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(閉店)岩本町(秋葉原)駅前 四川家常菜 巴蜀の四川担担麺は旨い!

岩本町駅前 四川家常菜 巴蜀

美味しい、汁なし四川担担麺

2004年オープン

* 2015年2月末で閉店です。


 都営地下鉄新宿線、岩本町駅から数分、靖国通り沿いに、四川家常菜 巴蜀さんがあります。秋葉原駅からも、昭和通りへと出て、神田川を渡ってすぐのところにあります。路面店ですが、ビルの一階に面していて、天井が高く、開放的で、カジュアルな店内です。店員の方も、気さくに接してくれます。



 場所柄、オヤジが会社帰りに、理由も無く飲みに、たむろう中華店といった雰囲気。また、辛いもの好きにとっては、絶好の場所かもしれません。



 先に、担担麺が美味しい店として、新板橋 栄児さんと、十条 楊さんを挙げましたが、この巴蜀さんを入れて、3トップと言ってもいいでしょう。もっとも、日本人が調理し、日本人が口にする担担麺としては、こちらの巴蜀さんが、もっとも食べやすく、万人が美味しいと感じるに違いありません。



* 千代田区岩本町3-8-15 日祝休

11:30~14:00(平日ランチ) 18:00~22:30

 四川担担麺(四川風汁なしタンタンメン) : 1150円(夜のみメニュー)

☆☆☆☆☆

 

 かなり美味しい!なにしろ、バランスが良く、辛さ、旨味、丁寧な調理、料理として見た目の美しさ、言うことなしである。いささか、旨味が秀でているが、辛さが突出していない分で、バランスが取れている。テーブルに運ばれてきた時の立ち上がる香りがすばらしい。



 ただし、本場の辛さとか、四川独特の臭さが足りないので、そのあたりのラフさが身上だとすれば、十条の楊とか、池袋あたりの四川料理店で味わうほうが得策かもしれない。しかし、一般的に、大勢でも味わえ、しかも、ビールにも合う味付けともなれば、このような巴蜀のような料理は受けると思う。



 本格的に踏み込まず、触りだけでしかも、リーズナブルに、かなりイイ線まで突入できるのが、この巴蜀さんではないだろうか?

 山東水餃 : 560円(8ケ) 日替わりで、この日は餡が海鮮味。

☆☆☆



 こちらの水餃子は、もっちりとした皮ながら、柔くも感じる。餡の味わいは小龍包のように肉汁が包み込まれている、横浜中華街の山東を思い出すような味わい。クセがあって、個性的、値段からすると美味しい。

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山岡鐵舟(鉄舟)

山岡鐵舟(鉄舟)

~ 晴れてよし、曇りてもよし、富士の山、元の姿はかわらざりけり。




 NHK大河ドラマ、篤姫の視聴率が、かなり高いらしい。黒船襲来、大政奉還へとめまぐるしく展開する、激動の幕末を描くのに勝海舟や西郷隆盛は、お馴染みの適役/主役であるが、情勢の影となり生きた女性の生き様を描いたことに、それ相応の共感が得られたらしい。



 自分は、江戸から明治維新を駆け抜けた人材では、シンパでも、もとから、山岡鉄舟を師と仰いでいる。同じく祀り上げられることが多い、坂本竜馬のように若くして世を去ってしまった人間ではなく、明治に至るまで生きながらえ、ひとりの人間として無私無欲に生きた愚直な姿に、紛れも無い、ひとつの生ある信実を見る。



 初めは、勝海舟の本から読み始めていくうちに、山岡鉄舟という剣客が居た事に突き当たり、彼への関心が移り、次第に、その伝記等を通じて、生き方や存在感に、のめり込んで行った。



 鉄舟に関する書物は、ひととおり、揃えて目を通したものだが、自分を含め、かなり心酔するほどに贔屓の引き倒し気味に、熱狂的ファンが多い人物らしい。もっとも、義経などとくらべると、その判官贔屓は、たいしたこともなかろうが、まずもって、鉄舟が主役となった書物には、いささかオーバーに取り上げられたエピソードに眉唾も多い。それだけ豪放磊落を覗かせるに事足りない証左であろうか。



 なにしろ、いまより個性的な人物が多かったとみえる江戸時代の事、そのエピソードの豊富さには事欠かない。 曰く、ある人が、鉄舟に剣道の極意をきいたところ、浅草の観音様にあずけてあると答えた。それは、浅草寺の本堂に寄贈された=施無畏と書かれた、扁額のこと、だったらしいのだが、真意は、怖れを取り除きなさいと言う意味合いで、人を殺す剣術で、生死の境を生きる武士にとって、禅道で鍛錬し、坦懐するとは自己を活かす道を喝破し得ることとされた。 △ 我が家の書棚に、居並んだ、山岡鉄舟関連書籍のコーナー。ごく最近、2002年に発刊された、小島英煕さんが描いた、鉄舟の生涯を読む。史実をどう使うって、どう捉えるか、によって、描くところの人物の立ち上がり方も違って見える。



 ひとりの人物描写で、100人が書けば、100様の伝記ができあがるのかもしれない。こちらの伝記は、小説とも、史実とも、双方の兼ね合いから描かれた、読みやす、偏りの少なく公平な内容。 山岡鉄舟を語るとき、シンパなら、ともすると時代を超えた、傑物という最上の思い入れがある。



しかし冷静に考えると、やはり時代の波に翻弄されていくなかで、浮かびも沈みもしながら、歴史の綾に絡め取られて、しっかりと自分の立ち振る舞いと立ち位置を定めて、巧くコントロールできた数少ない人物として捉えなければいけないだろうと思う。



 半面で、巧妙に長けて、上手に立ち回ることのみを善しとしかったところに、山岡の面影は愚直にも映り、あくまで世間的には、政治家足り得ぬが剣客止まり、反近代的な残党、近代と言う残照を背負いながら明治天皇の良き遊び相手となり、生き延びた苦労人という姿にも行き着く。



 そのあたりの豪放磊落さ加減、不器用さ、実直さが、却って仇にはならず、憎めないけれども、任侠の清水次郎長にも慕われた人柄なのかなぁ~と思う。たとえ、山岡鉄舟という人物が、幕末に傑出していなくとも、開港は行われたであろうし、大政奉還も為されたであろう。



 しかし、その際に、尊皇攘夷派・危険分子による居留地焼き討ちが加速せずにブレーキを架け、横濱が焦土と化すことなく、また、江戸開城に幾多の屍が累々と積み重なるような、無茶な暴徒たちの行動を事前にコントロールできたのは、ひとえに鉄舟の豪快な睨みが利かされていたからだと、つくづく思うことにしている。谷中にある全生庵の墓前に参ること数知れず。

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和風らぁーめん 葉月@雪谷大塚

和風らぁーめん 葉月@雪谷大塚

2003年オープンの個性派実力店

心に残る、美味しい麺


 東急池上線、雪が谷大塚駅を降りて、中原街道を環八方向へと数分ほど歩いた先に、和風らぁーめん 葉月さんがあります。または、田園調布駅前バス停から、東急バス、蒲田駅行きに乗って田園調布郵便局前下車、バス停のすぐそばにあります。



 土曜日、昼時、並びは数名。カウンター10席だけの、狭く窮屈な店内。せっかくの美味ラーメンなのに、こんなにも食べづらい体勢を強いるのは、酷だけど、だから噛み締める旨さもあるのかと思う。



* 大田区雪谷大塚町11-8 月火休(臨時休業あり)

11:30~14:00 18:00~売り切れじまい

(昼時は、ランチタイムサービスとして、+100円で御飯なども付くが、どちらかといえば麺だけで十分に満足させるお店だと思う。)

 らぁーめん : 800円  

☆☆☆(ただしラーメンとしてのトータル評価)



 めん : ☆☆☆☆☆(普通盛=300g)



自家製麺が、トビキリに美味しい!麺喰いとしては、絶対に、おススメな、バツグンの食感。こんなにも、いろんな麺を食べつくしている中で、麺が心底美味しいと感じさせてくれる店に、出会える確率は少なく、ひさびさのヒットになりそう。この春先までは、そば粉を混ぜた麺で評判を呼び、それ以後は、イタリア産デュラム粉を入れて、スパゲッティーのような打ち出し式外観で勝負している。つねに、進化を遂げる革新的なお店らしい。



 麺の食感は独特なものがあり、スパゲッティーのような色と丸い断面は、あたかも五島うどんや沖縄そば、盛岡冷麺のような、あるいは、それとも違う、個性的で魅力的な完成度が高い麺です。



 スープ : ☆☆☆



 ちょっと自分には、クド過ぎる。勢得のスープより、洗練されていて、更にコクを引き出している。そのベースとなっているのは、珍しく白醤油に、フランスはゲラントの塩、水炊きの鶏がら濃厚スープみたいなものと魚介風味、焦がしニンニクだろうか。壁には、現在の麺とスープの使用している素材とレシピが詳細に張り出されている。事細かな詳細表示は、店主の自信の表れだろうか。無化調。



 総括 : チャーシューも独特で、香りがすばらしい。メンマも特徴的でおいしい。トータルとして、予想以上に完成度合いが高い作品。もはや、和風でもなく、洋風でもなく、ひとつの創作料理のような域まで達している。店主は、なかなかのセンスと料理人として腕があると思われる。ただし、ラーメンとして味わうには、いささか、気合入りすぎかもしれません。カジュアルな方向性が常人とは違っていて、もう少し、ラフにしてもらえたら、きっと、町のラーメン屋さんになるだろうと思う。いずれにせよ、おススメ店。

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手打ち うどんや 藤@新座市片山

手打ち うどんや 藤@新座市片山

 西武池袋線大泉学園北口駅前から、片山小学校行きか、新座行きのバスに乗って、産業道路沿いに、片山二丁目バス停があります。交差点から、脇に入ったところにある=庚申通り商店街へと入り、入り口付近に、手打ち うどんや 藤さんがあります。



* 新座市片山3-13-32 水曜休

11:00~17:00

 肉もりうどん : 800円(普通盛)

☆☆☆(ふつうに美味しい)



 めん : 色合いは、今まで見たこと無いほど、コーヒー牛乳っぽい色合い。しかし、うどんの身上である、グルテンの熟成が為されておらず、ただ硬いばかりで、あまり際立った旨味が表現しきれていない感じが、ちょっと残念。今後の精進に期待したいところですね。



 素材的には、群馬県産の地粉100%らしいが、技術的には、イマイチだろうか。でも、ふつうに美味しい。中盛は、350グラムぐらいで、ボリューム的には、ちょうどいいかもしれない。



 汁 : ツユは、家庭的で、とても、ていねいに作られた味。きくやの、がさつで、不味いタレとは好対照。蕎麦ツユに、プラスαしたような、平凡な味だが、甘みが勝たず、全体のバランスが程よく良い。



 麺の剛直さに惹かれる、ハード系が好きな方には、○だが、なにぶん、交通のアクセスが悪いので、しかも、素材がいいとはいえ、この値段は、ちょっとネックかと思う。2007年オープン。

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とうきょうの美味しい食べ物や東日本にある温泉地の紹介です。

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