ジャコの遺志を継ぐものたち 9月は、ジャコ・パストリアスの命日であるから、季節柄もあって、意外と、しんみりしてしまう。生前、ジャコと演奏したこともある、フランスで活躍するビレリー・ラグレーンの新作=エレクトリック・サイドを聞く。
ひさびさ、パワフルな演奏で、アルバムタイトル通り、エレクトリックなセットリストで、いわゆる純系なフュージョンであった。ベースは、いま、お気に入りの、アドリアン・フェローである。まだまだ、参加アルバムが少ないために、彼のクレジットを見かけると、つい聞き入ってしまう。
このアルバムでも、ベースのフレーズだけ耳を澄ませば、相変わらず、すばらしい。ジャコとアンソニー・ジャクソンを足して、2で割ったような、的確に、演奏環境のダイナッミズムに反応して、粒立ちの良い音を投げかけられる、逸材である。すばらしい!
そして、さらに、もう一枚。ジャコの育ての親ともいえそうな、ジョー・ザヴィヌルの遺作。彼が、逝去する、ほんの2ヶ月前、75歳を祝うバースデー・コンサートのライブアルバムがリリースされていた。相変わらずの、ワールドワイドなザヴィヌルサウンド、テクスチャーは、変幻自在、なんでもありの芋煮会である。
ザヴィヌルが率いるバンドメンバーで、文字通り最後のベーシストとなった、モーリシャス出身のリンレイ・マルトがバンドの鍵を握っている。いやぁ~リンレイ・マルトは、スゴイ!剥き出しの感性に裏打ちされた、ナチュラルなベースサウンドを感じさせ、ジャズベで、グイグイと迫るあたりは、やっぱり、ジャコの野生児たる雰囲気にも重なって、大好きである。
リンレイ・マルトとアドリアン・フェローは、仲がよく、譲り合いながら、競い合う、若き天才どおしである。ふたりとも、個性は違うが、ベースが好きなことには変わりないだろう。ジャコの遺志を継ぐものとして、リンレイ・マルトとアドリアン・フェローは、いま、やっぱり、自分の中で、一番、全盛時にジャコが醸し出したエネルギーの迸りを感じさせるに相応しい、若手ベーシストの雄であろう。
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インタビュー・ファイル・キャスト 2008年9月号(Vol.38)
巻頭特集 110ページ! 上原ひろみ・ロングインタビュー 新潟で、ローカルなタウン情報誌=月刊 Niigataを企画している、ジョイフルタウンという出版社が、年二回、春と秋(3月と9月)にリリースしているのが、ページ数にして、優に700ページを超えるであろうかという、アーティストへのインタビューだけという、広告掲載もあまりない、個性的な音楽雑誌である。
タワーレコードや、HMV店頭など、限られた場所、書店でしか扱いがないうえ、お目にかかれるのも、春秋のみという、変わった形状の雑誌であるが、内容は、かなり充実している。
今秋号は、そんななか、歌を唄うひとではなく、ピアニストとして初めて巻頭ページ、それも怒涛の110P!ロングインタビューを飾った、上原ひろみです。インタビューの収録は、2007年、9月来日時から、始まって、2008年、4月と8月2回、合計で4回にも及ぶ大作であります。
これまでも、このINTERVIEW FILE CASTは、上原ひろみとコンタクトを緻密に取っているらしく、通巻32号では、フジロック参戦時に、通巻33号では、アルバム、スパイラルの完成インタビュー、通巻35号では、タイムコントロール完成時に、やはりインタビューがなされている。
20代の女性アーティストが、あの有楽町国際フォーラムを、コンサートで年に数回もファンで埋め尽くし満員、ソールドアウトにしてしまうのだから、上原ひろみは、超弩級のバケモノであり、大西順子や、山中千尋などとは比較にならぬ、いまもって世界のヘッドライナーなのである。
アメリカで、世界進出への足掛り、CDデビュー契約が決まったとき、たいへんな苦労があったろうと思う。ただでさえ、男性上位のJAZZ畑であるし、背が低くて見栄えのしないアジア人、しかもピアノというインストで勝負する環境下において、多くのミュージシャンを味方につけ、凌ぎを削りながら、HIROMIとして、やっていくことには、相当な覚悟が居ることなのだろう。
それでも、HIROMIは、バークリー在学中にジャズの名門=テラーク・レーベルと契約、バークリー音楽院は主席卒業、日本ゴールドディスク大賞受賞、オスカーピーターソンの日本公演の際に、オープニングアクトを務め、イギリス最大のロックフェスであるグラストンベリー・フェスティバルに出演、武道館ではチック・コリアとのデュエット:コンサートも完遂、4度目となるニューヨーク・ブルーノートでの1週間ぶっ続けとなる公演、しかも1日2公演ですから、全て、こなすという、驚くべき、勢いで、いまも、青春を駆け抜けている。
白人でないにせよ、およそRIHANNA(リアーナ)のような歌唱力、美貌、そしてプロポーションがあれば、別に怖いものなしだが、実力本位のJAZZ世界で、バンドのメンバーと共に世界を牽引しながら、頑張っていかねばならないから、よほど大変であろう。
世界のヘッドライナー=HIROMIは語る。 : 「 だって、クラブ廻りやフェスは大事なんです。一生修行の身ですから。 私のミュージシャンとしてのピークは65~75歳ぐらいですね。 」
世のなかに、ひとは、いっぱいいるけれど、やはり、それ特有のオーラがあって、人を惹き付けるのに長けたひとも少なからずいるはずだ。宮﨑あおいも、そうであるが、上原ひろみも、そのひとりではないだろうか?年齢が若いとか、女性であるからとか、JAZZのジャンルとか、そういう一括りを掻い潜ってまで、ひとを魅了させる何かが彼女にはあるのだろうと思う。
それを才能というのなら、彼女は、大きなステージで、世界と言う大きな舞台で、ピアノを介在して、我々に、メッセージを投げかけてくれる。ときに、それは優しく、また、激しくも、さまざまな、うねりとなって、HIROMIは、何かを伝えようとする。いまは、未完成かもしれないが、これから、ますますキャリアを重ねていくに従い、もっと、大きな成果と飛躍が自ずと、もたらされるであろう。
* このインタビューを読む限り、非常に、伝わってくるのは、上原ひろみが、思った以上に、プロ根性に小学生から充ち満ちているだということ。それは、彼女の生来からの負けず嫌いであったり、ひと前で自分がピアノと言う楽器に座ることで、何人ものひとを喜ばせ、感動させるという原体験から、汲み出された天性の自覚のモトに仕事をしてる感じを、改めて感じました。
HIROMIのコンサートに幾度となく足を運び、会場で、魂を射抜かれ、CDを聞きながら耳に、その響きを感じ、そして、また、この奇特な、ほぼ雑誌の編集長の偏愛とも?執れるような貴重なインタビューを読む中で、彼女の音楽観、人生観がより明確になっていけるような気がします。 続きを読む
中華そば・つけめん 甲斐@久我山南口駅前
久我山という駅、降りても、よほど、何もない、なんとも進化ない町である。しかし、そんな町で、自分の好きな味に出逢えたとき、来た甲斐があったと思う。井の頭線、久我山駅、すっかりと綺麗に改装された、南口を降りて、人見街道の踏み切りそばに、玉川上水の沿道に入口、中華そば・つけそば 甲斐のお店があります。
2007年3月オープン、屋号に甲斐と名乗るには、店主の実家が、東山梨で居酒屋を営んでいたための名前かと思う。店主の修行のスタートは、荻窪の春木屋。店は、狭い間口に、カウンターだけの7席の、ほんとに狭く、きゅうくつな角地のお店。店主が、ひとりで切り盛りし、頑張っているため、自ずと待ち時間も掛かり、行列も伸びる。平日、正午時で、平均5人ぐらいの行列あり。
* 杉並区久我山2-27-1 火・第四水休(その他臨時休業あり)
11:30~15:00 18:00~スープ切れまで
中華そば : 600
☆☆☆☆
美味しすぎる!!期待通りというか、自分が思い描いている中華そばの理想的なイメージに、いちばん近いであろうタイプで、非常に嬉しい。先だって、食べた、鶯谷の麺処 遊の味わいに、すこしだけ似通っているが、より、こちらのほうが遥かに洗練されており、完成度合いも高いバランスのよさが滲み出た逸品、まさに自分好みだ。
店主の修行先として挙げられる荻窪の春木屋、敢えて比較すれば、表面を覆う分厚い油膜と多めなネギの組み合わせが、春木屋のそれを思い起こさせるが、ほぼ継承されたイメージは無い。(むしろ似通った味なら、経堂のはるばるていを思い起こさせ、たんたん亭系かとも思う。)
スープは、かなり魚介系(サバ節)の強烈なフックがあって、美味しい。全体的には、やや甘めに感じられるものの、すべての味覚的なバランスが完璧に近い。無化調(*無化調については、自分が舌先で感じた印象を読み取って記載、事実と異なる場合もある。)
甲斐の中華そばには、個人的に強く惹かれ、とても感動・満足したが、ラーメンも、作り手も生き物だからデキの良い日、悪い日も出るだろうし、本人の感性も代わるし、きっと、これを維持するには、タイヘンだろうとも思われる。
麺は、中くらい、硬くも無く、太くも無く、ほどよい感じ。とくに、啜る際の喉越しのよさと、噛み応えのよさの両方を充たせるような、好都合のタイプではなかろうか?さいきんのラーメン店で感じることは、一般的に、ふつううに美味しい店は多くても、ほんとうに味を知っていて、味覚があって調理をしている店主が少ないように感じる。
味覚に不安があるほど、さまざまな味わいを重ねすぎて失敗するケースが多い。それと正反対なのが、突き抜けるほどに旨味を重ねて、爆発的に向こう側に出てしまうようなタイプである。また、甲斐の場合は、きっと、味的要素を、程好く畳み込み、マイナスしつつ、究めた味わいのような気がする、非常によく出来ていると思う。すばらしい!
* ちなみに、自分は、もうかれこれ20年も前のこと、東京中のラーメン屋を隈なく歩いたものだが、いまでも、印象に残っているのは、船堀駅から春江方面へと、永遠と歩き続けてた辿り着いた、錦糸町五十番三角支店というお店であった。もう閉店してしまったらしいが。いまでも、昔の郷愁を駆りたてるような、そんな懐かしい中華そばの味わいを好んで食べ歩いている。
それは、とてもシンプルで、それでいて、深みのある、ラーメンとして、間口が広く、奥行きの深い、そんな味わいの人間臭い味の中華そばだと思う。化調でさえ、上手に弁えてつかえば、それ相応のよさも出ようかと思う。いまとなっては、全てのラーメンを気にかけて食べようとは思わないが、自分が好きなラーメンへと辿り着いて、落ち着けたら、そんなに嬉しいことは無いだろうと、常日頃から思ってやまない。 続きを読む
ゴースト・オブ・チャンス / W.S. バロウズ
1995年に刊行された、バロウズの著作=ゴースト・オブ・チャンスは、チープな冒険譚であるとともに、最晩年に到達した、きわめて厭世的な雰囲気に満ちたショート・ストーリーである。
1987年、科学雑誌=OMNI誌上に、「 マダガスカルの幽霊レムール 」の題目で、主要部分が発表されていた。日本語訳でも、89年の日本版オムニ誌上にて、読むことが可能である。先駆けと為った、マダガスカルのレムールでは、エッセーとも取れるような、比較的簡明な文章で書かれている。
本作=ゴースト・オブ・チャンスは、マダガスカルに棲息する、原猿類・レムールへのオマージュに充ちた作品で、彼の他の作品にも、しばしば登場する、ミッション船長と、マダガスカルに造成される架空の自由都市=リベルタチアに巻き起こる事件の数々を特異な筆致で描き出す。
「 美しきものは、つねに、運命付けられているものなのだ。邪悪なるものは、武力と引きつけ合う。ホモサピエンスは武器を持ち、彼の時間、彼の飽く事なき欲望の前にひれ伏す。そして、それ自身の顔を視ることも紛うくらいな無知に囲い込まれる。 ひとは、時間のなかで生まれ、時間の中で、生きて死す。どうしようとも、定められた時間なかで、時間に取り込まれて行く。 」 (自訳)
「 生き残るのは、妥協にしかありません。ホモサピエンスは、なぜ、かくも困惑して、見苦しい生き物なのだろう。彼が、希望さえない妥協の産物であることを知りながら、不安定でヒステリックでありさえするポジションへと留まり続けるのであろうか。 」
バロウズの眼差しは、太古から生き延びた尊い遺産である、レムールたちへと向けられ、特別に愛顧する気持ちを殊更に鼓舞させるが、同時に、唾棄すべきは、繰り返される人間たちの極悪非道な振る舞い、欲望と憎悪、悪意に充ち満ちた、世の中を憂い、クールなまでに見据えて、なおかつ突き放すようなスタイルによって貫かれている。
人間嫌いとか、厭世的といった文言は、デヴィッド・ソローに見受けられるような、それとは、まったく似通っていない。ソローの隠遁生活がもたらした、精神上の人格陶冶なんて、そんなものとは、バロウズには無縁であって、むしろ、トラッシュであり、厄介な約束事に過ぎない。人間との心が通い合う以前に、バロウズには、幻覚ときわめてリアリスティックな現実が綯い交ぜになって、文章に踊る。
ソローは、ウォールデンに居を構えていたが、自然に浸りすぎず、けっして人間との交流を諦めず、肉体を通して生き抜くことを、むしろ前提にしていたはずだ。自然のなかにあって、大自然に畏怖している自分も、大衆を前に公演している自分も、やはり同様に人間であること、に永遠に向かい合っていることが、主眼であったように思える。
バロウズは、関わりをいっさい、拒否、シニカルに、平然と構えて、自分世界を貫き通した。ソローとバロウズ、両者とも、類稀なる観察者であったが、覚醒は相反したもので、その眼差しに、相当な開きがある。それを考えてみると、近代と現代の分断/断絶が推し量れるかもしれない。
ふたりとも、《美》というものに惹かれていたに違いない。なのに、バロウズには、美と切っ先の隣りあわせとなるべきダークサイドのほうを描くのに歩があった。美が潜むであろう、その眩さに、思わず立ち尽くすような面を、レッドナイトの闇が包み込む。
ソローが添い遂げたのは、美であろうが、それは、しばしば善という、言葉に言い換えられ、むしろ、その姿を見えにくくしてきた。 続きを読む
温泉学入門 / 新コロナシリーズ コロナ社という科学系出版社から出ている、新コロナシリーズでは、「 温泉学入門 」(日本温泉科学会)が、非常に温泉自体の基本的な手引書として、読むとためになります。
やっぱり、温泉といえば、まず情緒も大切な要素ですが、その、成り立ちやら、歴史的背景、そして、さらには、まったく忘れがちな、地学~鉱物学的な知識も、少しは、知っておかねばと思うのです。
このガイドブックには、旅館の案内とか、名物などは載っていませんが、日本温泉科学会の5人の執筆者により、各専門分野=持ち場に拠った、温泉に関する偏りの無い知識が学べます。
その執筆対象は、温泉の成分分析表の見方から始まって、温泉開発が及ぼす環境問題、温泉療養に至る、温泉の効能と効果、湯治場を支えてきた日本の温泉文化にまで、ひととおり、サラッとですが、温泉全般へと及びます。
温泉バイオマット : 会津の西山温泉(下の湯)を訪れた際に、硫黄臭が立ち込める浴室内部、きわめて高温な湯出口から、まるで菌糸のような白いものが、連なっておりました。当時は、なんだろうと、不思議に思ったのですが、これは、硫黄芝、と呼ばれるものではなかったかと今にして思うのです。
温泉地では、このような源泉が流れる場所には、熱水に生息する好熱性バクテリアがあつまって、生物コロニーを作るそうです、コレを称して、バイオマットと呼ぶそうです。
硫黄芝は、化学合成細菌=硫黄酸化細菌の集合体で、繊維状になった部分に、硫化水素が酸化されてできた硫黄が付着して白く見えていたのです。これで、ちょっと神秘的だった光景が科学的に分かった気がします。
浴槽の縁は、木材ですが、床材の石質のところには、苔のような深緑の藻のようなものを見かけます、これもシアノバクテリアなどのコロニーで、温泉バイオマットの一種かと思われます。こうして眺めておりますと、温泉も、静的なイメージから、生きて、熱源としてだけでなく、生物へとエネルギー源を与え、それにより太古から、新しい生物の登場を進化の過程において育んできた、そんな想いを新たにします。
このようなシアノバクテリアの死骸の残骸が層状になったのが、いわゆるストロマトライトであるのも感慨深いものがあります。
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