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カトリック神田教会 聖堂

カトリック神田教会 聖堂



 神保町から水道橋に向かって歩いていたら、ひときわ異彩を放った建物に出逢いました。なんでも明治期にフランスから司教がラテン語を教える名目で訪れ、着々と布教を勧め、明治7年に拠点としてのカトリック神田教会 HPの母体となるものを創建したそうである。



そして、この建物、関東大震災の教訓を生かし、火災と耐震設計にすぐれた建物をということで、昭和3年に建造されたもの。ロマネスク様式、ルネッサンス様式を融合したかのような見事な建築に仕上がっている。



 東京中を焼尽した東京大空襲の際にも、この聖堂だけは無傷のまま残された。まことに貴重なものである。

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(閉店)独立独歩系ラーメン イレブンフーズ@新馬場

イレブンフーズ@新馬場

ワン&オンリー=独立独歩系B食ラーメン 決定版

見た目かなりジャンク、食べて意外とあっさり、

結果、危険でクセになる味

* 閉店しました。


  《 その雰囲気、在る意味、東京無比、比肩しうるもの無いまでに独立不羈、独自に攻めるも、みごとに緩~い世界あり。店主は、多くを語らず、これまで多くのラーメンを愛するものたちの胃袋へと収めてきた。東品川にイレブンフーズの名を刻む。 》



 長らく、おまたせ致しました。東京ラーメン界で、避けては通れない傑物がいるのです。ラーメン二郎然り、ホープ軒然り、大勝軒然り、さらに四天王、B食の聖地とも謳われております、東京にイレブンあり、それは、ちょっとスゴイぞ、かなり逝ってるゾ、そういうフレコミで全国からも、ラーメン詣でが行われるトカ。



 それほどまでに、個性ある、後にも先にも東京で昔から、ここだけは別格で、ぶっちぎりな、少々変わった、お店がイレブンフーズなのです。いや、変わったのは昨今の時代の風向きの方で、まったく変わってないのは、イレブンフーズで旨いラーメンが食べれるという、たったそれだけのささやかな事実だけなのです。



 そして事実は、小説より稀なり、マスコミによって捏造された記事が横行している現在、マスコミ拒否を貫き、マスコミがこぞって持ち上げた他店の記事よりも、実際に、イレブンフーズのカウンターで食べたラーメンの味が忘れられないゾ、ただそれだけのオチが待っています。



 それ以上でも、それ以下でもなく、まぎれもなく旨いラーメンは、ここ、新馬場のイレブンにしか、ひょっとしたら、いまも昔もないのかもしれません。



 知らない方に、とやかく説明する前に、ざっと、気付いた、イレブンフーズなる妖しくも正統なラーメン屋が醸し出している摩訶不思議な魅力と一見すると不可解な謎を、しばし列挙して解いてみましょう。



▽ ココがすごい!!イレブンフーズというラーメン屋。



1. 場所、北品川の外れ、京急新馬場駅前から、徒歩10分強、住宅街の中、わざわざ訪ねるには、非常にアクセスがし難い場所にあり、しかも営業が平日の朝8時から、夜6時には早々閉店というスタイルながら、20年間近くにわたり、客足が途切れることは、ほぼ無い。マスコミお断りのお店であって、これまで雑誌等に実態として取り上げられたことは少ないと思われる。ようは、自らまったく宣伝していないけれど、繁盛店という、稀なことになる。



 朝早くからの営業は、場所柄、港湾関係者などが立ち寄れるような立地であることからだろう。もとは、旧東海道沿いにあった 北品川宿を中心とした宿場町を背景とした古い町並みで、それに東海禅寺などの古刹を中心とした寺町を広く形成している。



 * アクセス : 京浜急行の新馬場駅から、山手通り沿いに歩き、八ッ山通りを越して、次の小路を住宅街へと右折したところ。天王洲アイル駅からも、第一京浜へと向かって、海岸通りを渡りきった先にあり、同じくらいの所要時間となります。至近のアクセスなら、都バスの停留所だと、品93系統(=品川⇒白金台⇒目黒)に乗車、東品川1丁目下車が、かなり近い。



 品川区東品川1-34-23 日祝休

朝8:00~18:00 (土=~13:30まで)



2. いまどき珍しい、ドンブリ(器)は陶器にあらずプラスチック製=メラミン食器。まるで学食を思わせる。ラーメンを大盛にしても、たしかに軽い。それゆえか、蓮華さえ置いてなく、スープを飲むには、豪快に丼を抱えて飲むべし。



3. 麺は、ごく太な酒井製麺を使用(ヨコハマ家系でも使用)。麺を寸胴へと放って茹でるタイミングがあり、それに外れると、次回に回され、しばらく注文が待たされる、逆に麺玉数が余分に投入された場合は、自己申告制で名乗り出たものがすぐにありつける。並んだ順番で席についていても、茹で上がり、出来上がったものから後先考えずに適当に運ばれるので、順番は無視される。あくまでペースを守っての調理場ゆえ、焦らず、『ご注文は?』と店側に聞かれてから、品物をコールすることが、ここでの正しいルール。



* チャーシューめん : 1000円 ☆☆☆ 美味しい、何故か、クセになるような麻薬のような味わいとは、このことだ。麺の量は、普通盛だと、かなり少ない、従って大盛(800円)がおススメ。麺は、茹で時間が、かなり長いものの、伸びておらず、ほどよい固さ。もちろん、普段から食べ付けない方には、普通盛700円も、ベストチョイス。



 スープと麺の種類のマッチング、スープの脂分などが、各々にわってバランスが取れている、さすがである、まさに感服の味わい。チャーシューは、とろとろであるが、分厚くて、けっこう、しつこい味わいで後半飽きがくるので、チャーシュー麺よりも普通のタイプのほうが断然おススメ。



 チャーシュー麺としての一品は、昼時のためのサービスメニューであって、特におススメできない味。それより、大盛で、麺とスープのマッチングを堪能したい。 4. 支払いは、食べ終わったら、自分で支払うという、なんと自己申告制。千円札は、ザルに入れ、おつりがある場合、皿の上に散らばった100円玉を自分で取る、なんとも大らかで原始的なシステム。



 5. ラーメンは、ふつうサイズで700円、これには、なぜかキクラゲとワカメがたくさん入って、それにチャーシューもけっこう入る。キクラゲは、調理場のうしろにある洗濯機で、戻している、なかなかユニークな光景が見られる。



 * スープも、まったりとした、それでいて、強くは白濁していない独特な味だが、タマネギの刻んだものがネギの変わりに入っていたのが特徴的。化調は、かなりキツメに入ってるので、身体に良くないことは分かってるが、止められない味わいであることも確か。6. いちばんの違和感は、このイレブンフーズがある場所柄であろう。ラーメン道というべきか、客が多く立て込んでいても、店内は、ざわついた感じが少ない。みんな黙々とラーメンをすすり、ごちそうさまと一言述べて、各自、カウンターに無造作に置かれた皿に代金を乗せて、店を出て行く。



 しかも、イレブンフーズの真裏が保育園となっており、日中は、始終、子供たちの歓声で、なにかと賑やかなのである。それに反して、けっこう、静かでゆったりとした時間が流れていくのが、このイレブンの店内。



 おなかを空かせての来店なので、みなさん、とにかく黙々とだまって食べる食べる、そして外では、子供の歓声がひとしきりあると、このなんとも言えない、静にして動なり、ミスマッチな対比が、此処のタマラン魅力の一つに挙げられよう。筆舌尽くしがたいかな、このチープなメラミン食器のラーメン・ドンブリ、一杯に秘められし愛情。



 汗かきながら、食べて帰る。これって、かなり潔い感じ、どこかで感じた雰囲気、それは確か、カレーの名店、エチオピアのそれに近かった。楽しんで会食するのではなく、みんなラーメン道場に、B級パワーが鈍ったら、鍛えに、いつでも通うような、そんな面持ちではなかろうか。言い得て妙なり。店も独特な雰囲気なら、それを支えて、享受してきたお客さんも、遠くから訪れ、食べ、散っていく、ラーメンそんな感じだ。



 店のすぐ近くには、漁師の神様である=寄木神社が祀られており、伊豆の長八作になる漆喰の作品が本殿に飾られている。そのあたりの雰囲気は、ちょうど佃島の一角=住吉神社付近を思い起こさせる。近くに、海水湯もある、そのむかしは、海水を汲み上げて沸かしていたらしいが、いまでは水道を使った現代的な銭湯に生まれ変わっている。



 目黒川河口も近くにあるが、埋め立てが進む前には、この辺りは、漁が盛んだったのだろうと思う。いまでは、高いビル群に遮られて海は見えない。倉庫街が、遠い海側へと向かって広がっている。



* イレブン系には、ひそかに系列店がある。息子さんが営業している、西糀谷の源流、傍流として、天王洲のらーめんアルプスさんとかがありますが、あくまで、イレブンフーズは、イレブンフーズ、オヤジさんの味が在ってこそなもの。



まぁ、そんなに気合入れてガッツリ書かなくても良かったかな、イレブンのラーメンは、思った以上に、あっさりめ、ふつうガサツに作ってるとかヘタな予想すると、良い意味で裏切られる。下ごしらえとか、ちゃんとしてるんでしょう、だから、臭みとかまったく感じさせない。化調は別にしても、その他、何を使用してるのかなどという、余計な憶測を微塵も感じさせないような、そのつど食べたくなって来て、食べてくれれば、それで良いんですよ的な、これぞ、ラーメンつくる側の正統な論理が見えて嬉しい。



 こうやって、こうしたら、1日で何杯売り上げ挙がって、それで、どこそこの店より出し抜けるとか、一生懸命に考えてる、そこの君!勝ち負けのないラーメン屋って、イレブンフーズなんだよ、後にも先にも。だから食べに来るんだよ。

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野毛柳通り 村田家

野毛柳通り 村田家

創業68年 いわし料理、天ぷら

下町の割烹


 横濱(ハマ)の中心は、なんていっても野毛が基本/起点である。そんでもって、野毛を語るに相応しいお店である村田家さんへと、いつも伺うたびごとに、どういうめぐり合わせなのかなぁ~、足止めを食う、必ず臨時休業とかだったりして辿り着けない日が続いた。



 そんな村田家 HPさんに、ようやく行くことが叶いました。ゆるやかに昇っていく野毛仲通りと、柳通りとがクロスするあたり、いわし料理や天ぷら、柳川、ふぐ料理などが食べれる、きわめて庶民的な、のんびりと構えて鷹揚な、下町の雰囲気溢れた割烹のお店です。



 昼時には、各種定食が、新鮮な素材を調理して、下町値段で食べれるので評判、このいわしの団子スープの定食が名物ということなので、今回は迷わず、食べてみました。



 いわし団子定食 : 870円 ☆☆☆☆ このスープ、マジで旨いっすよ!団子自体もイワシ特有の臭みも、まったく無くて、ゴボウ、ゆずの香り高く、三つ葉など散らして、さっと煮込んであります。



 御飯は何故か、粟や麦などが入った五穀米で、おかわりは自由。サラダや小鉢類がいっぱい付いていて、これで870円なら、とっても満足感は高いのではないでしょうか。大衆食堂的な内容ですが、ここいらは昼時に開いてる店が少ないため、定食物を食べれる貴重なお店です。 ただし、ちょっとのんびりと調理してくれる、ハマ時間なので、ゆっくり構えて、急かないひと向けかもしれません。料理の質に関しては、ふつう。御飯のお代わりは可能です。まぁ、ココまで来たら、飾らず、ゆっくりしましょう。



 * 横浜市中区野毛町2-65 月曜休

12:00~14:00 17:00~22:00

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品川 荏原神社の寒緋桜(かんひざくら)

品川 荏原神社の寒緋桜(かんひざくら)

 京浜急行線に乗って、品川から、ふたつ目、新馬場で下車すると、第一京浜側に、品川富士で有名な品川神社があります。こちらもパワーポイントなのですが、品川総鎮守として、東側、目黒川沿いに小さな荏原神社 HPがあります。現在では、その氏子を北品川を品川神社が担当し、東品川~天王洲、南品川あたりが荏原神社の神域となります。



 まだ寒い2月、それでも春めいたような日差しが、此処だけに降り注がれているようで、濃いピンク色の寒緋桜(かんひざくら)が境内の入り口で、真っ盛りに、咲き誇っていました。



 ちょうど季節が旧暦の正月頃に咲くので、元日桜とも呼ばれています。沖縄・奄美諸島などで、真っ先に咲くのが、この桜で、中国南部や台湾が原産となる南国の桜です。やっぱりショッキングピンクが南国産を暗示させます。 源氏との少なからず関係がある寺社として、前から訪れていたのですが、ここは、特に気場が良く、一種の結界が張られています。ここから先、海寄りの品川沖方面は、逆に新興地帯につき守りが無く、魑魅魍魎が棲むような、危ない場処になります。



 各地に在る、《天王》という地名、ご存知でしょうか?牛の角の顔立ちをした荒ぶる神様=牛頭天王(こずてんのう)が庶民たちの間に盛んに信仰されてきた歴史があります。ここ天王洲も、海中から牛頭天王の御神面が見つかり、御神域として天王洲と名づけられました。



 牛頭天王は、てんのう=天皇に通じるということから、不謹慎とされ、しだいに歴史の表舞台から遠ざかって封じ込められます。それが、どうにか残っている寺社が、こうした荏原神社などに天王祭として遺されていたりします。 牛頭天王に関しての史実は、錯綜していて、よく掴み切れていません。今後も、ご縁が在る土地柄を訪ね歩いてみるつもりではあります。

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大正創業の蕎麦店 小石川林町 進開屋@千石

小石川林町 進開屋@千石

蕎麦屋としての創業は大正震災前

建物は昭和4年の木造2階建て建築物

東京大空襲にも焼け残り


  《 虎ノ門砂場本店(大正12年築造)に次いで古いであろう建築物にて、蕎麦屋が出す蕎麦を、ごく普通に味わう愉しみ。 》

 

 自分は、前にも述べたように、店内にJAZZが掛かってるような趣味蕎麦は大嫌いで、蕎麦なら、ごくごく普通の町場の蕎麦屋で憩いたい、そんな風に思うひとりです。つまり自分好みな趣味の蕎麦屋で憩う、これを理想としています。



 このような外観の建物(木造2階建て、屋根裏部屋あり)、都営三田線 千石駅前から、不忍通り沿いに、しばらく歩き、林町小学校方面へと小路を入った先にあります。このあたり、お屋敷町ではありますが、東京大空襲の延焼を免れた地域らしく、まだまだ昔ながらの木造建築のしもた屋が付近にちらほらと残されています。



 そんな一角に、ひときわ目立った出桁造りの蕎麦屋の建物があります。伺うと、関東大震災前の大正時代から、この場所で創業し営業ていたという老舗の蕎麦屋さんで、震災前である創業当時には、まだ電気も引かれていなかったとか。



 そして、この建物は、関東大震災後に建てた、昭和4年建造そのままの建物になるそうです。(* ちなみに根津のはん亭さんは、木造3階建ての建築物で、、大正6年建造なので、その古さは、かなりなものです。)



 さらに、この建物、東京大空襲を経て、残された貴重な文化財なのです。そんな懐かしい雰囲気を匂わせる素敵な空間で、いまも、心のこもった蕎麦を手繰り寄せることができるのです。 店内は、それなりに狭いんですが、天井が高いので圧迫感はありません。部屋のそこ此処には、年代物のお宝がごっそり、実に趣のある空間が味わえます。下町資料館のリアルな再現といった風情です、まさに商家です。



 蕎麦の古い値段表あり、大きな古時計あり、急な階段あり、神棚あり。あたりをすっと眺めているだけでも、けっこう時間を忘れさせてくれます。この日は、鴨南蛮そばをいただきました。630円です。なんとも庶民的な値段設定、蕎麦屋は、やっぱり、こうでなくちゃダメですよね。



 ちなみに、斜め前に酒屋さんがあるんですが、そちらで好みの日本酒なりビールなり自由に購入して、この店に持ち込み可能なんです。カレー南蛮もこの店のウリですが、カレーライスもあって、これは水曜日と木曜日だけの提供となりますので、この日に、また試したいところです。



* 文京区千石2-30-6 (ちなみに中休み無く夜まで通しで営業みたいです。)

 時代の趨勢といいますか、だんだんとこのような味わい深い趣きを持った商家が無くなっていきます。個人商店受難な時代。ちょっと郊外では、無味乾燥な団地群、大きなホームセンター、街道筋のファミレスなどの外食産業、実に虚しい景色ばかりが目に付いてきます。



 連子格子、出桁造、下見板張り、蕎麦屋の行灯(あんどん)、そんな語感を含んだ言葉も必要なくなる時代になってきたのですね。



 * 自分は、蕎麦自体にあまり興味は、ありませんし、自ら打つ気もありません。ただし、商売としての《町のおそばやさん》の在る風情とか、雰囲気とか、そういったものには、いつも注目していきたいと、日頃から目を光らせています。蕎麦やらしさが、いったいどこから来ているのか、そんなことを考えると楽しくなってきませんか。 ▽ 注目度合い : 卓上にあって、思わず目が釘付けになった、鳥の楊枝入れ!なんと、からくり仕掛けで、左脇に付いている取っ手を押すと、ハコが開いて、くちばしが落ちて、楊枝を咥えて上に引き上げてきてくれるという優れもの。これは、なかなか可愛いアイテムですね。



 ちょっとした小物にもすぐに目が行くたちですが、これは初めてみた造型ですね、なかなかユニークでほほえましいものです。

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日田焼きそば 想夫恋(そうふれん)@横浜青葉台

日田焼きそば 想夫恋@横浜青葉台

創業から51年、大分県下老舗の焼きそば 

数年前シブヤで撤退するも

関東圏へなんとも危うい再上陸


 《 希少価値大なので、店が潰れる前に行っとけ! 》



 またひとつ、ローカルで、かなりジャンクな焼きそばに出会いました。ともかく、大分県、日田市で、現在19軒ほど、焼きそば店があって、何でも焼きそば街道(=おいでひた.com)なるものを形成しているそうです。



 その求心的な存在になってるのが、この想夫恋(そうふれん)さんだそうで、日田もまた、地方の焼きそばで、町おこししているそうです。



 想夫恋さんは、創業が昭和32年、焼きそば専門店として、もう、かれこれ50年以上になるらしいんですが、現在、大分・熊本、福岡、久留米などに30店舗以上ものチェーン展開しています。数年前には、渋谷にも支店展開したのですが、2002年で撤退!夢破れ、現在では、関東で唯一、なぜか都落ちして、青葉台の郊外に直営店舗があります。



 青葉台店へのアクセス : 東急田園都市線青葉台駅下車、駅前バスターミナルより、4番乗り場、青61系統で、日体大行きのバスに乗車、5分ぐらいで、田奈高校前下車、バス停のすぐそば、三菱化学総合研究所正門前に、ひっそりとあります。



* 横浜市青葉区桂台2-38-15 

火曜・第2月曜定休日

11:00~15:00 17:30~21:00焼きそば(普通盛) :735円(生卵トッピングで+50円) ☆☆☆



 これが噂の日田焼きそばです。見たところ、もやしが多そうですが、食べてみると、かた焼きそばとふつうのソース焼きそばの混ざった食感で、なかなか美味しいです。コショウがバッチリめに効いたソース風味がいい感じです。



 そば : 特製、太めな生めんを茹でて、それを鉄板の上で、押し付けるようにして両面固めながら、焼きます。中ほどは、ふわっと、鉄板に押し当てられた麺は、パリパリになって、食べた際に両方の異なった口当たりが楽しめます。



 具材は、たくさんのもやし(それも細い)とネギのみ、それに、かなり厚切りの黒豚コマ肉が入る。ソースも独特な味で、スパイシーで胡椒の味が引立つ。東京で、屋台焼きそばのようにソースで絡めた風ではなく、仕上げで、スープ入りソースを風味付けで蒸しに使用したように調理されている。これがなかなか、結果的に完璧な日田焼きそばの美味しさの元かと思われます。



 正直な感想 : 細いもやしも独特、ソースもリンゴの香りが強くて独特な余韻を引きます、麺も独特な味わいで、料理として完成度合いはなかなか高いものがあります。しかし、渋谷で早々に撤退してしまった理由もわかります。まず、値段が高すぎます!たかが、ソース焼きそばに、400円以上も出しませんね。お好み焼きでも食べれるのだし、東京では、お祭りの焼きそばなど柔らかくて、大盛り、しかも安いものとの認識があります。



 値段を高くするのであれば、具材をたくさん入れれた五目焼きそばや上海焼きそばにならざるを得ないのですが、それですと多くの中華料理店と競合します。焼きそば専門店での展開は、難しいでしょう。横浜だったら、自分は、まっさきに、中華街の梅蘭の焼きそばを思い出します。まことに、この地で、さえ、競合は難しい。



* なお、東京で繁盛店である、あぺたいとさんとの比較は、こちらも読んでみてください。⇒両面焼そば あぺたいと@新高島平

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両面焼そば専門 あぺたいと@新高島平

両面焼そば専門 あぺたいと@新高島平

 焼きそばネタを探していたときに、ふと、目に留まったのが、この あぺたいと(HP)という両面焼そば専門店。どうも、オリジナルにしては、腑に落ちないなぁと思いきや、さらに調べると、手本になったであろう老舗店=大分県日田市に想夫恋の存在があることに気が付いた。それで公正を期す為、まずは本家である想夫恋のお店の焼きそばも、青葉台の支店で、先に経験したうえで、このあぺたいとの両面焼そばに、臨んだ。



 店主は日田の想夫恋で修行をした形跡があるようだが、あえてインスパイアであることを云々するより、、同じような調理法によって、まったく別物で独自に発展を遂げた、この店独自の炒め焼きそばであるとの感触を得た。



 そういうわけで、あぺたいとさんは、東京 新高島平において創業20年(1988年)になる、やきそば専門店で、想夫恋の本歌取りから、独自の発展を遂げた炒め焼きそばとしておきたい。



 あぺたいと=アペタイトは、食欲の意味で、食欲をそそる焼き蕎麦が思う存分食べれる店ということでしょうね。店のシンボルカラーは、黄色です。



* なお、同様な想夫恋関係で、福岡では、阿羅漢(アラハン)という焼きそば専門店がチェーン展開しているみたいです。お好み焼き屋でもなく、テキヤが縁日で作るのではない、いつでもたらふく食べることが可能な、このような、あぺたいとさんのような美味しい焼き蕎麦、もっと、この手の焼きそばも東京で繁栄して欲しいものです。 あぺたいと(本店) アクセス : 都営三田線新高島平駅を下車して、改札を抜けたら、右手に出て、駅舎に沿うようにして進み、徒歩3分ぐらい、駅の建物が切れた頃、住宅地方面に左折したところにあります。



* 板橋区高島平7-12-8 年中無休

11:30~14:30(ランチあり) 18:00~24:00

(なお、FC募集中で、板橋支店あり。)



 焼きそば(中) : 760円(生卵 +50円) ☆☆ 焼きそばの中盛に生卵をつけた、通称、ちゅうたまを食べました。ボリュームは、けっこうあって、普通は、小でも足りるのではと思います。



 店内では、ホットコーヒー(セルフ)飲み放題、店前の自販機より飲み物が店内持込自由!という、なんとも自由で太っ腹な企画もあり、なかなか好印象。



 日田焼きそば 想夫恋との違い : 結果から申し上げますと、まったくの別物です。印象としては、あぺたいとさんの方が、全体的にあっさりめで、しかもボリュームがあって食べ応えがあります。料理(調理)としては想夫恋さんの方が洗練/確立していて軍配が上がりそうですが、その味わいはジャンクフードそのもの。その押し出し方が、麺の固さと柔らかさのコントラストがもたらす独特な食感とソースやスープの味から来るジャンクっぽさのみの造形なのです。たしかに他の焼きそばには無いインパクトは大きいです。



 それに対して、あぺたいとさんは、ジャンクな地方料理としてではなく、身体に良い、まともな健康食にも通じている確かな味わいなのです。たしかに味的には少々、貧弱さが目立ちます。あくまで家庭的で、昼時のまっとうな食べ物として高評価できると思います。実にていねいに良い素材で作られていますが、正直まっとうすぎて、物足りないし、あまり見た目ほどパンチが無く、味的にも、これといった個性が無いと思います。



 日田焼きそば(想夫恋) ⇒ もやしが細い。中華の固焼きそばで使用するような極太麺。仕上がり時で、全体で占める固い麺の比率が多い。ソースやスープ系のキョウレツな味付けに頼っていて、それを引き立てるような調理法で、全体的にしつこくて、かなりジャンクな味わいだが、風味が強く出ている。個性派焼きそばとして確立している。



 両面焼そば(あぺたいと) ⇒ もやし太い。中くらいの太さの麺。固い麺の比率が2割りぐらいと少なく、固い部分が混ざったソース焼きそばの雰囲気が強い。ソースは効いているようでいて、実は多くのモヤシから出た水分により、程好く蒸しあがり、仕上がりが水っぽく、そのためソース味が薄められて、ナチュラルでアッサリと仕上がっていて、健康的である(=ジャンクではない。)反面、個性にイマイチ欠ける。毎日モリモリ食べれるが、惹き付けも弱い。



想夫恋と、どちらが単純に美味しいのかと問われれば、自分は断然、想夫恋ですが、たぶん、毎日は食べられない、きっと身体を壊しそうなヤミツキな味なんです。でも、あぺたいとさんの焼きそばは、実に伸びやかで、自然体、おそらく毎日、モリモリ食べれるアッサリ味なんです。スローフードなのが、あぺたいとさんの焼きそば。これは、なかなか本質を突いてます。

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創業明治26年 牛鍋 じゃのめや@伊勢佐木町

創業明治26年 牛鍋としゃぶしゃぶ

じゃのめや@伊勢佐木町(テーブル席編)


 横浜のいろいろなお店を廻っていて、気が付いたことですが、他の土地よりも、かなり独特なクセが強いことですね。それは上手く表現できませんが、東京という開発された町並みが、他人行儀を横行させ、あえて洗練されるのを良しとしてきたのとは、また違った、横浜には未だ垢抜けない土着の匂いがあって、どこか洒落た舶来の匂いとは、また別の次元にある、元から引きずっているような町の体臭なのです。



 横濱という土地柄は、明治以後、どこよりも早く、文明開化が成されて来た場所です。したがって、カレーにせよ、パンにせよ、ふぐにせよ、新しいものが産まれてきた背景も必ず持ち合わせてきました。



 日本人は、元来、牛をどうやって食べていいのか、分からなかったそうです。この横濱で、はじめて牛鍋なる食べ方が発案されて、徐々にではありますが、人々も牛を食べてみようかなぁ~と文明開化の味を噛み締めるまでになったといいます。いわゆる、すき焼きに至るまでの牛食のルーツが、ここ横浜にはありました。



 伊勢佐木町~曙町界隈には、3つの老舗 牛鍋店があります。まずは、創業明治元年(1868年)、もっとも歴史も古く、いきおい敷居も高そうなのが、ご存知=元祖 太田なわのれんさん。まぁ、ご馳走してくれる方をちゃんと見つけてから行きましょう(笑)。



 逆に、横浜の街中で、カジュアルな牛鍋として認知され、もっとも人口に膾炙しているのが、創業明治28年(1895年)やや新参者であったけれど意欲的な商売を続けている=牛鍋処 荒井屋 (HP)さんではないでしょうか?まぁ、間違いなく、万人受けしそうな、万全の選択肢なら、牛鍋=荒井屋さんをおススメすることでしょう。 そう言いながらも、個人的に注目したいのは、もっとも知名度が低いであろう、第3の牛鍋やに甘んじてしまった=創業明治26年(1893年) じゃのめや (HP)さんです。あらかじめ、ことわっておきますが、前にあげた2軒の老舗とは、ちょっと雰囲気が違います。場所は、イセザキモール5丁目、京急線で黄金町下車、徒歩5分圏内です。(* 横浜市中区伊勢佐木町5丁目ー126 月曜休 )



 すきやき弁当 :  1300円。 ☆☆☆☆ 



 じゃのめや(蛇の目屋)さんでは、土日のみ昼時限定で、ランチタイムサービスを実施しています。(12:00~14:00まで) 一番、人気なのは、一口大にカットされたステーキがサラダに乗ったような=小口ステーキ膳(1900円)なのですが、他にも、人気な牛丼(1000円)、運良ければ、牛鍋定食(1600円)やしゃぶしゃぶ定食(1600円)なども、あるようですが、このすきやき弁当も、あらかじめ煮られたものの、温かい肉を生卵付きの、すき焼きなので満足ができる範囲内にあります。

 

 すきやき弁当、これは、もう、申し分のない美味しさでございます。自分で、肉屋で買うとことから初めても、この値段で、我が家で作れる価格ではございません。肉、ネギ、豆腐、春菊を溶き卵で食べるだけ、これで満足です。



 赤出汁 : ☆☆☆☆☆ 関東で、こんなに美味しい赤だしの味噌汁に出逢ったのは、皆無ですね、まさに好みだったので大満足です!



 ごはんも大盛にできますし、おばちゃんに言えば、追加分も持ってきてくれます。しかし、この庶民的にして、フレンドリーさが、この店を老舗として入ると、どこかビミョーに肩透かしくらいます。このテーブル席は、けっこう下町に良くある蕎麦屋さん風に使われている地元民も、いるように思います。



 テーブル席、けっして悪くはないのですが、どことなくビミョーに重苦しい雰囲気、独特な居心地なので、観光客然としていると落ち着かなくなるので、くだけて楽しみましょう、この店では。

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日本残酷物語/平凡社刊

日本残酷物語/ 平凡社刊



  『 歴史はいつも、無言の民衆のなかに、

つつましく、その姿を、ひそめているのである。 』



 宮本常一監修になる隠れた名著。それにしても、タイトルが凄い。いまどき、こんな題では、いささか退いてしまうひとも多いのでは。通常の歴史を紐解いたとしても、すんなりと表に現れないであろう事柄がある。歴史の表舞台から消されてきた人々、いわゆる虐げられ、蔑まれてきた裏道の近代史、語られるも憚れた歴史物語の数々である。



 1960年前後に全五巻で、初版が刊行され、たいへんな人気を博した。このシリーズの特徴は、無署名であったこと。執筆として、あらかじめ30名ほどの名が記されているが、各章を誰が、どのように担当していたのか、定かには、されていない。



 この仕掛け、ディレクションは、かの谷川健一である。いわば、谷川健一が宮本常一と願って、最強タッグを組み、セコンドに山本周五郎の名を借りて出た晴れ舞台のようなものだった。



 一方、改まって1995年に戦後50周年記念出版として、多少手を加えられ、平凡社ライブラリーにて全5巻で再度刊行されたもの。もちろん今読んでも、読み手のこころをぐいぐい惹き付けて止まない筆致がある。宮本の文章を読み慣れたものにとって、彼が担当したパートは、なにげにそれと分かるものだ。



 九州や西日本に関しての記述があれば、その大半が宮本による文章であるといっても過言ではない。谷川の回想によると、宮本は、当初、この仕事を無署名で引き請けることをかなり渋ったそうである。谷川は、いささか冗長になりがちな宮本の文章に自ら、リライトし、筆を入れられるように、あらかじめ引導を渡した策略のようにも思える。



 優秀な編集者として、谷川は、宮本に再三、原稿を催促し、その余熱醒めやらぬうちに、テキパキと調理して、情報を吸収するに腹を空かせた庶民の卓上へと並べ替えた。



 しかし、砕かれ、磨かれた文章は、大衆をして分かり易い内容で、よく人口に膾炙し、増刷を重ねたと聞く。いまさらながら、歴史の奔流はときに急激であり、その濁った流れに翻弄されてきたひとびとの犠牲の上に推進力が持続されてきたことを思わせるものがある。



 第三巻では、鎖国の悲劇を題材として、禁制下の隠れキリシタンと弾圧の模様、漂流民、流刑地の話などが語られる。

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我孫子 天王台 うなぎ 小暮や

天王台 小暮や

鰻好き感涙の我孫子遠征敢行!

美味しい鰻屋さんめぐり 第80話


 《我孫子は鰻の町である、ひたすら、そう実感した。》



 まだ、80軒ぐらいしか巡っていないのだが、こと鰻に関しては、その旨さ、コストパフォーマンスにおいても、千葉>埼玉>東京、およそ、こんな順位に、なろうかというもの。これに涸沼や霞ヶ浦がある茨城を入れたら、さらに充実したものになるだろう。元来、むかしから鰻が自然に獲れた場所が、現在においても、なお、鰻の名店が立脚するところなんだろうと思う。歴史のないところの鰻料理なんぞ、まったく喰えたものではない。



 我孫子もまた、中心に手賀沼といった沼沢を控えている場所だけに、過去からの蓄積もあって老舗も散見させる重要拠点のひとつ。西周や宇田川、あるいは割烹旅館である鈴木屋本店、鰻の佃煮を販売している老舗の安井家といった、名代の鰻屋さんもあって、食味に甲乙付けがたいとは、おそらく、こんな条件を言うのだと思う。



 天王台に降りたのは、これが、後にも先にも、初めてである、だいたい用事もなければ、常磐線に乗ることすらないのだから、鰻ごときで、見知らぬ町を訪れることができるのは、まったく、これ幸いと思わねばなるまい。なんとしても、あの香ばしくも甘ったるく焼け焦げた、鰻の匂い、そのものこそ、わたしの生存理由たる活動源なのであろうから。



 敬愛する内田百閒は、なかなかに凝り性であって、麹町三番町の蟄居では、近隣であった秋本から、一ヶ月の間、、ほぼ毎日、欠かさず鰻重を出前させて食べ続けた出来事があったという。変人の片鱗、ここに面目躍如といったエピソードであろうが、何に関しても勢い偏食すぎて、それもまた無理強いというものであろう。



 しかしながら、百閒でなくとも、美味しい鰻は、毎日でも食べたいと、頭の片隅では思っても、実際に食べれば、重箱の隅まで毎日空けることは困難であろう。きっと飽きがくるだろうから、そんなこと思うこともなかろう。もし、毎日でも飽きが来ないで食べれるような品ある鰻さえあれば、それはまさに理想かもしれないが。



 前置きが長くなってしまった。鰻が焼きあがるまでの時間も、どこか待ち遠しいようで、また手持ち無沙汰なのが常である。それにしても、鰻ほど、〆の料理として存在感があるものも珍しい。だから、食べるものの順序と言ったものも自ずと決まってくる。 アクセス : JR常磐線に乗り、我孫子のひとつ先、天王台で下車、南口から、右手の線路伝いに、我孫子方面へと2分ほど歩いたところにあります。場所柄、柏のような大都市商業圏ではありませんので、ここらあたり近隣~地元の方が訪れるような、とっても静かな隠れた名店です。



 注文が入ってから、捌き、焼きが始められ、所要時間は20数分ほど掛かります。愛知県、三河の一色産の鰻が、ていねいに調理されます。春から初冬にかけては、不定期ながら涸沼産の天然物鰻も少量入荷して、それを味わうこともでき、この店のウリであります。もちろん、それらがない時季、養殖物であっても、もちろんトビきりの蒲焼が味わえます。東京から向かったとしても、かなりおススメのお店です。



 もし上野方面から訪れるのなら、同じ常磐線の圏内、何も南千住の尾花で下車して散財させるより、我孫子まで遠出してみるのも、一興かと思うんですよねぇ。もちろん、尾花には、それなりの独得な雰囲気もあって、それを味わうことなく、ただ鰻だけ楽しむわけにはいかないと思う諸氏も多いことでしょう。それも否定できない事実です。



* 我孫子市天王台4-2-22 月曜休

11:00~14:00 17:00~21:00 うな重(特上) : 2100円 (肝吸い、サラダ、お新香付き) ☆☆☆☆  かなりな肉厚ながら、外はパリッと、なかは、オムレツの卵のごとくに、フワフワ~とろとろな食感。これだけ柔らかで、箸当りが柔らかなのは、渋谷 神泉いちのやさんや田園調布 平八さん、馬場下 すず金さんなどに居並ぶ逸品であるとも感じられます。(* うな重の並はなくて、上から1600円。)



 それにしても、このようなソフトな口当たりを物にしますと、まるで江戸時代、山芋が、川を下って、鰻に成ったとの伝説があったというが、まことしやかと思われ、ぬるぬるとした外見より、内身でさえ、まさに山芋のごとき、しなやかな肉質で調理されています。



 三河の一色産をていねいに調理すると、このように素晴らしい蒲焼が味わえるという見本のようなお店ですね。



* (上)=1680円ですが、特上との差は明らか、鰻の量ではなく、肉厚の大きな鰻を使用していますので、是非とも(東京では)、通常、この値段では味わえないであろう一色産の最上なものを味わってみましょう。 きも焼き(2本) : 550円 ☆☆☆☆☆ とっても鮮度がよい大振りのものが2串。外側の香ばしさと内側のフォアグラのごときに、ほぼレアに近い感じがとてもおいしい。いろいろなところで肝焼きは食べますが、ここのは最上ランク。臭みなどまったく無い。ほかにも川海老のから揚げとか、どじょうのから揚げとか、酒のあても豊富に揃います。



 肝吸い : ☆☆ 吸地は、みりん等が入って、かなり濃い味。鞠麩、三つ葉入り。肝が少し炙られていて、これが、また旨い!



 新香 : ☆☆ 沢庵と白菜漬け。自家製らしく塩味きつめながら、糠床の風味もあってなかなか。



* 鰻重の御飯は、やや少なめ。御飯の質は、ふつう。タレは、千葉の特長とも言うべきか、やや甘め、全体にタレの振りまき具合は、ややくどいかもしれない。お茶は、入れ替えしてくれる、玄米が入った緑茶。



  看板には、あえて、炭火焼を強調しているように見受けられますが、ひょっとすると、このあたりでは、ガス焼きが大半なのではと推測されます。もちろんガス焼きが、まったくダメなことは無いと思いますけど、仕上がりの点で、上手く香ばしさが付けられる腕があれば、それは炭火焼に越したことはないでしょう。
 

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