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上原ひろみコンサート デヴィッド・フュージンスキーも参加

2007年 12月

上原ひろみ&フュージンスキー コンサートに参戦予定!!




 ようやくのこと、上原ひろみ(HP)コンサートへ(悲願の)参戦!3年越し、ついにチケットを手にした。どうして大物で無いのにチケットが獲れないのか!そんなに上原ひろみは、人気があるのか?なんとも納得が行かずに不本意のまま3年が過ぎようとしていた。



 こんなにチケットが取れなかったことは、過去、これまでない。椎名林檎のデビュー当初でさえ、コンサートを観ていたというのに、どうしたんだろう。毎年、ブルーノートと東京フォーラム、時にはフジロック、あるいは東京JAZZなど、あらゆる機会を掴まえても、これまで、どういうわけか上原ひろみは巡ってこなかった、まったく縁が無かった。



 しかし、今回は12月国際フォーラムでのコンサートチケットをどうにか手にした。一度、演奏をじかに聴きたいと思って、早3年目になる。



 しかも、今回は、かねてから大プッシュしていた、奇才:デヴィッド・フュージンスキーもギタリストとして加わって、Hiromi’S Sonic bloom として、拡大されたユニットでのコンサート。フュージンスキーが初めて観れるという、妙な、おまけ特典付きなのである。



 上原ひろみは、先だって、9月1日、デザイナーのMIHARA YASUHIROと結婚したばかりだ。もちろん、彼とは面識はないのだが、2年ほど前、浅草で偶然、出くわした事がある。何故、浅草で遭って、すぐに三原康裕だ!と直観したか、と言えば、彼がシューズ・デザイナーであるからだ。浅草は、製靴業の町であると、私は知っている。古くは、今戸町あたりが弾佐衛門の縄張りで、そこで製皮業などが営まれていたバックボーンから、おそらく引き続き発展してきたものと思われる。



 この新しいアルバムでも、上原ひろみが右足を上げて、わざわざ白い靴を見せているのは、そういう衒いだったのかもしれない。 とりあえず、フュージンスキーが引っ張ったヘッドレス・トーソズのアルバムなど引っ張り出して聞いてみる。変態ギターは健在である。ダブルネックのフレットレスギターなど、是非に聞いてみたいものだ。しかし、ドラムは、ジーン・レイクであるのが、好ましい。上原ひろみのドラマーは、どうも心許無い。

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うどん学のすすめ

うどん学のすすめ

 手打ちうどん店に足を運びつつ、しかし、漫然と食べてるだけでは判らない。かと言って、うどん職人になりたいわけでもなく、自分で茹でる、自分で湯掻く、自分で調理する、そして、自分で調べ物をする。



 桐生にも、加須にも、富士吉田にも、お伊勢さまにも、まだまだ、うどんの猛者たちが待ち構えているに違いないだろう、知ってるようでいて、まったく知らないに等しい=うどんについてのアレコレ。



 調べだしたら、キリが無い。美味しいうどんにゃ、キレがある。《うどんは、ツルツル(鶴)、噛め噛め(かめ=亀)》、この響き、とっても縁起が良くて、冠婚葬祭の人寄せには、かならず、うどんを打って、一同をもてなす。ご祝儀、建前などには、お互いに、《これから長~い付き合いに》、というので、また、うどんを振舞う。



 内麦が採れたから、むかしは、小麦粉は、うどん粉って呼び習わした。それで、調達できないなら、仕方が無いから、輸入物=つまりメリケン粉で間に合わせた。とかく評判が悪いものであったという。いつのまにか、それが、ふつうになって、かえって地粉が貴重なものになってしまった現代。 加藤有次さんの《男のうどん学》参考になります。ますます、うどん好きになった、今日この頃。まだまだ、気長に、うどんと共に歩み、食べて、腹を膨らまし、考えつつ、ふたたび、走り続けたいと思う。

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十条名物 からし焼 大番

十条名物のローカルフード

からし焼 大番にて

ミニからし焼定食を喰らう!の巻


 以前テレビで見て、いまのところ十条にしか分類されない=超 ローカルフード(イナセな郷土料理)=《からし焼》の存在を知った。見るからに辛そうなイメージが目に焼き付いていて、これならば自分には出番が無いなぁ~と思ってたんだけれど、せっかく十条まで来たのだからと、思い直して、初トライしてみることに。



 からし焼の産みの親は、《とん八》さんらしいが、今日は、十条駅南口からも近い、《大番》さんを訪ねてみた。辿り着く前は、てっきり中華屋さんと思い込んでいたが、暖簾をくぐってみれば、そこは完全なる大衆食堂。店内見回すと、ケッコー無敵とも言えるほど多くのメニューが、所狭しと、掲げてあります。



 なかでも目に付くのは、(各種)焼き魚定食、見回せば、店に居るお客さんの大半も、何かしら焼き魚関係の定食を食べてましたね。きっと評判なんでしょう。あと半数の比率で、やはり噂の《からし焼定食》を食べに来ている人が多かったです。



 しかし、目の前で対面した=からし焼、噂に違わず、見た目、かなり辛そうな予感(汗)です。でも席に着いたからには、頑張って完食目指します。 《からし焼界のミニ盛やぁ~♪》 



 ミニからし焼定食でライス小=730円。大番さんを、さりげなく選んだ理由は、からし焼初心者にも、(と言うよりも辛いモノ関係まるでダメな人間にも)きっと、胃にも優しそうな=ミニサイズがあると小耳に挟んだからでした。



 とりあえず、どんなものか見当が付き難いし、なにしろ直ちに辛そうだということで、尻込みしつつ、ミニからし焼定食、しかも場所柄、大盛のドンブリ飯を避けるように、万全を期しての小ライスで望みました(汗)。



 初めてにしては、結果、大正解で、大満足でしたね。思ったよりも、ふつうに美味しくいただけました。からし焼の正体は、正味甘くて、トビきり激辛で、旨い、辛し煮込み肉豆腐って感じですね。《からし焼》のネーミングですが、実際、辛くて~焼かれたというイメージよりも、曰く、《辛く煮込みに付き合わされた豆腐with豚バラ》って感じがします。



 そう言やぁ、これまで食べてきた何かに、きっと似通ってる、って、ふと思い出したのは、前に渋谷や池尻にあった=豆腐料理の南雲で出されていた、ジャンジャン豆腐(定食)でした。(* 豆腐料理&中華 南雲は、現在も赤坂 共同通信会館地下で営業してるらしいが本人未確認情報。)



 ただ、南雲の豆腐料理とは、いささかニュアンスが違って、えらく辛い部分が豆腐本体よりも過剰に多いってことだけでしょうか(笑)。豆腐~豚バラ肉~ニンニク数片~そしてエゲツない辛味、この波状攻撃の豊かなる繰り返し=それが十条名物 からし焼の正体。



 熱くて!、辛い!、ニンニク臭い!そんな、けっこう単純な味わいでも、とにかくクセになりそうな一品。たしかに量的に、たくさんは食べられませんが、御飯は何気に進みますし、暑い夏場には驚くほど発汗作用バツグンで、オススメのメニューではないでしょうか?なかなかイケますよ、コレ。△ 大番 : 北区上十条2-11-10 月曜休 11:00~



*なお、十条近辺で、からし焼が食べれる他2軒は↓



元祖 とん八=東十条3-17-9 日曜休 11:00~



みとめ=中十条3-8-15 日祝休

しかも、こちらは営業時間が17:00~

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十条富士塚

十条富士塚 十条のお富士さん



 東十条駅から、程近い場所にある、中十条の富士神社 十条富士塚です。此処もベースになっている塚は、古代の古墳と目されています。江戸時代以来、十条の人びとが富士講を組んで、富士信仰に関わってきました。碑文のなかには、明治時代に造立したものが含まれていることで、歴史を感じさせます。



 江戸時代に富士山まで詣でることは憧れではありましたが、いざ宅を空けてまで、旅する労苦はたいへんなもので、手短に富士山をお参りできるものとして富士塚が造成され、各地で広まったとされています。



 この十条富士では、いまでも6月30日~7月1日には、きちんと山開きの祭儀が執り行われ、露天が多数出て、縁日のように賑わうとのこと。サイト : 東京いいとこ自転車散歩~東京再発見には、東京の富士塚を記載した詳細のリストが掲載されています。



 ここでも、麦わら蛇とよばれる魔除の象りが支給される。ひのきの小枝に杉の葉、細い麦わらを巻きつけたようなもので、縁起としては、夏場の渇水対策で、水乞い、あるいは厄除けとされる。埼玉や山梨の温泉場に行ったときに気が付いたのだけれども、村の境界には、やはり同じように縄のようなものが木に括りつけられていて、魔除のような役割を果たしているのだと後から知った。 



 このような習俗は、なかなか現代に至って、上手く保存できないものであろうが、ぜひとも記憶に留めておきたいもののひとつである。

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十条演芸場通り 讃岐手打ちうどん すみた(2009/3月から赤羽に移転)

十条演芸場通り 讃岐手打ちうどん すみた

さぬきうどん おそるべし!

美味しい讃岐は東京でも食べれる。

東京で一番美味い さぬきうどんの店。

***** 注 : 2009年3月24日より、

赤羽(北区志茂2-52-8)へ移転します。


 アクセス : 《東京で一番美味しいさぬきうどん》を名乗った評判の店があるというので、はるばる足を運んでみた。



JR埼京線 十条駅北口から、大衆演劇専門・篠原演芸場が途中にある演芸場通り(十条中央商店街)(HP)の狭くて緩い坂道をだらだらと歩くこと5分。ちょうど京浜東北線 東十条駅から向っても等距離ぐらい、二股の角地に位置して、開店して8年目になる、目指す 讃岐手打うどん すみた(HP) さんが在りました。



 それにしても、ひさしぶりで十条の町へと降り立ちました。23区内を隈なく歩いてはいるのですが、なかなか十条に行く機会に恵まれなく見落としていました。十条といえば、やはり十条銀座商店街(HP)を初めとして、十条と東十条そして環七に囲まれた地域に、驚くほど大きな商店街が網の目のようにあり、高円寺、戸越銀座、武蔵小山、橘キラキラ商店街など東京を代表するコアな商店街を形成しているんですね。《東京で一番美味しいさぬきうどん》 



 さて、生来のうどん好きが高じて、うどん巡礼を始めようと思ったものの、思うように東京で美味しいうどんに出遭えず、さりとて讃岐まで行けず悶々とした日々の中、東京の近郊で武蔵野うどんがあることを知るにつけ、初めて本腰入れた探索が始められたのです。



 結果、いろんな処でうどんは食べてきましたが、ある意味、うどんは、とことん単純にして曰く《純》である。なにせ小麦粉と水、塩から出来ている。蕎麦と違う点は、少しも気取らずとも《うどんは、とにかく誰の前でも、大なり小なり、うどんである》というあからさまに正直である。うるさ型を発生させる蕎麦と違って通常、薀蓄も要らない、そこがやっかいである。《うどん》の良さは、準主食、こだわりより、とやかく言う前に、毎日食べてなんぼのもんである。



 舌先だけのグルメでは、毛頭無い、口当たり、喉越し、そして、それが腹にグッと収まってこそ、果たせるかな身体で判るうどんの魅力。更に、更に食べ続けなければ、判らぬ、うどんの魅力。



 いささか前置きが長くなってしまったが、ようは、またひとつ、美味しいうどんと出遭ったところから饒舌になったのだろうと思う。実に、こんなお店があるんですね、探せば、東京には、とすれば、讃岐の本場、香川に行けば、とてつもないものに出遭える可能性もあるということでしょうね。いやはや、恐るべし、讃岐うどん! 99年から、こちら十条に店を構える《すみた》の隅田さんは本場 香川の名店 源内で修業されたそうである。とりあえず、うどんが茹で上がる時間まで、やはり美味しいと評判な、讃岐のおでんを摘む。平天と牛すじで、どちらも1本150円。練り辛しと合わせて、とっても旨い!ここは、うどんが無くなった夜は、おそらく居酒屋になるんだろうと予想させる雰囲気の店である。



 カウンターを含めて、わずかに14席と謂う、こじんまりとした地域密着型の一見すると小料理屋風情の店だ。11時過ぎに店に着いたが、もうお客さんで満席という状況。昼時は、いつも、こんな賑わいなのだそうだが、思ったより客足の回転は速い、しかし油断していると、昼の部=店仕舞い:午後3時前に、肝心の手打うどんが売り切れじまいになってしまうことが、しばしば、なので要注意。



 どうせなら、うどんは、ざるでと思ったのだが、目の前のひとが頼んでたのが、定番の《かしわざる》で、ずいぶんと大仰、唐揚げのボリューム大だったので、いささか、怖気づいて、《かしわおろしぶっかけ》の冷やし(750円)を慎んで、いただきました。



 かしわっていうのは、いわゆる鶏のことで、その唐揚げなんですが、これは揚げたて、ちょっと火が通るか通らないかの絶妙な柔らかさが最高な逸品。それに、大根おろし、ねぎ、しょうが、刻み海苔等が乗っかっていて、すだちを絞っていただく。



 うどん : ☆☆☆☆☆

(これには感服、文句なく5☆でしょう!)

 唐揚げ : ☆☆☆  つゆ : ☆☆☆☆ 

 トータル : ☆☆☆☆☆ (満点は、☆5つ)* 東京都北区中十条2-5-11 月曜・第3日曜休

11:00~14:00(基本的に売り切れじまい)



 いやはや、ここまで、美味しい讃岐うどんが食べれる店が魔界・東京にもあるというのなら、これから讃岐のジャンルにも、武蔵野うどん以上に、目配せしないと、返り討ちに遭うのは必至ということであろう。讃岐恐るべし!十条のすみたは、まさに麺喰いの聖地である。

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宮本常一と民具学 その2

宮本常一と民具学

『 民具と生活 生活学論集 1 』 ドメス出版(1976)




 民具について書かれた試論の集成が、前回に紹介した=未来社刊の「民俗学の提唱」であり、そのなかで、(師である)渋沢から受け継いだ、宮本なりの学問的信念を、巧くまとめている。



 「 人間の歩いて来た道が久しいように、歩いてゆかねばならない道もまた長い。私は師匠からうけついだバトンをまた後来の人びとにわたさねばならぬ。 」



 《民具をして語らしめよ!》というのが信条であった。 民具をひたすら蒐集し、それを更に調査した後、いずれかの民俗資料館において展示される場合、場違いな作為を排する配慮が必要であることを強く訴えた。



 「 物の説明も大切であるが、物をして語らしめることがさらに大切である。 」と、そこに綺麗にカッコよく見せるための脚色や下手な演出により、真実から、よほど遠ざかった資料の展示こそ慎まれるべきものであるとの見解を示す。

 

 「 民具が、単なる物体であるまえに、みなそれぞれ作ったもの使ったものの意志がそこに表現されているべきである。その意志のくみとれない人の過当な介入がむしろ民具の意志を殺している。民具がショー的な陳列や美術品的な陳列になって(ガラスケースなどに入れられて)いくと、それを使用した人びとの意志や生活内容とはだんだん遠いものになっていくのではなかろうか。 」 『 年刊 生活学 』 では、宮本が生活学会の月例会などに於いて述べた事柄が「民具論」として、きわめて明解に、手短に述べられたものが編集され、この本書にも収められている。



 そこで明確な意思をもって伝わってくるのは、師として渋沢の強い意向であり、学問の行く末を踏まえた国際的な視野にも立つヴィジョンであった。当時、既に強い権制を持ち、民俗学の祖であり、重鎮であり、ご意見番であった柳田國男との関係性において、渋沢は自らのポジションをしっかりと把握して確保しなければ意味がなかった。



 柳田がやらないことを自分がやる、そのレールを宮本に示し敷設の手ほどきをしてあげる、それが渋沢のお役目であった。その謂わば、ニッチたり得る新規分野、柳田が取りこぼしてきた現象面に関しての課題を、ひとつづつ潰して、なんとしてでも成果をあげていくことよりほかなかった、ある意味で、悲愴なる決断である。



 「 言葉・習俗を通じて行うことも大事であるが、一番手っ取り早いのは物を通じて見ていくことではないのか。とくに渋沢先生は、エスノロジーとフォークロア、国内の民俗学が、民具あるいはクロノロジーを通じることによって国際的な民族学と手をつなぐことができるのではないかと考えられた。 」*ここでの民族学とは文化人類学とみて良さそうだ。



 渋沢は、戦局が混迷をきたしていた昭和18年から翌年まで、保谷にあった民具の集積場としての博物館において、宮本に民具の整理と調査を精力的にやらせていた。その後、戸越の文部省資料館設立に寄与したわけであるが、渋沢の死後、同施設は、文部省の管轄下に強くおかれ、いまは国文学資料館に成り代わってしまった。民具的資料は、片隅に押しやられたといっても過言ではない、宮本は、そう嘆いている。



 民具と機能について : 宮本は、日本で使われている道具の多くが海外のそれと比べて、《引く》という動作に負うていることを見つけた。民具について、われわれ日本人の生活、あるいは動作といったものに深く根ざしていることから来るものであるが、その根本的なところまで考えに入れなければ、本当の民具の意味合いは分からないとしている。



 たとえば、床のある家を発達させたのも、下駄や草履が脱いだり履いたりが楽であったから、日常で使われてきたという観点とか、農耕での草刈の作業という延長上から鉋(カンナ)を引くという動作を尊ぶようになったとか、墨壷があって、直線的な感覚が日本人は獲り易いとか、なかなか慧眼とも取れるおもしろい着眼点を随所で披露している。



 そして、宮本の論旨の着地点は、決まって、かならず平和論調にまとまる。なぜなら、彼がかつて汗水たらして、全国を奔走して集めたであろう民俗的資料(の一部)が、一時の戦災のため、灰燼に帰してしまった苦い事実があるからだ。



「 それは単に日本人だけの問題ではなくて、他の民族の間にも共通して見られるとすると、文化の一番基本になるものはどういうものだったろうということにまで、つき進めて見ていくことができるのではなかろうか。私はただ日本の問題としてではなく、最後は世界的にどう共通しているのか、どのようなものをお互いに共有することができたのか、それを見極めていくことがやがて文化の共通性の問題を見極めていく大事な手掛りになるのではないかと思っている。それを見つけていくことがやがて大勢の人たち、世界中の人たちがおのおのの異を立てて争うのではなく、むしろお互いが共通点を持つことによって、お互いが共通した生き方ができるのではないかと考える。むろん民具研究所だけで可能になるというのではなく、民具を通じてそれができるならありがたいと思うし、大事な手掛りになると思う。 」



( この稿、その3へとつづく * 民具と民芸のちがいについて、その3に記します。)

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江戸川区 船堀 黒湯銭湯 乙女湯温泉

江戸川区 船堀 黒湯銭湯 乙女湯温泉

アクセス : 都営新宿線船堀駅から、船堀スポーツ公園脇を走る道路沿いに歩くこと12分ぐらい、一之江境川親水公園 (HP)という小川に沿った素晴らしい景観の緑道があるので、その傍にあります。



 船堀には、駅近くに、鶴の湯さん、船堀街道と直角にクロスする(新川に併走)陣屋橋通りには、あけぼの湯(乙女温泉)HPさんも地下水を沸かした黒湯銭湯としてあります。施設&料金 : 430円 江戸川 銭湯 乙女湯温泉(HP)は、銭湯ながら、なかなか意欲的な作りで、スパー銭湯並みの満足度合が図れる素敵な施設だとオススメします。



 400円プラスすればサウナ料金で、銭湯とは別個のカラン、休憩所、水風呂などが使用できる仕組みになっており。もちろん共用スペースである黒湯温泉浴槽にも入ることが可能です。とくに、黒湯浴槽がある浴室は、天井が高く、上部が吹き抜けになるように工夫されており、ちょとした半露天風呂の感覚でゆったりできます。黒湯の水風呂、黒湯のアツ湯、檜(の枠)風呂が水道水ながら、一段高い場所へとしつらえてあり、なかなかリラックスできる環境にあります。温泉 : ☆☆☆  激アツに近いくらいに過熱された大きめな過熱黒湯浴槽がひとつに、冷鉱泉が入った黒湯浴槽があります。加熱浴槽では、かなり匂いが強いのですが、成分表示では硫化水素臭と記されていました。カルキ臭と黒湯特有のアンモニア臭が合わさったものかとも思いましたが、浴後に匂いが気にならないところから、さほどカルキは投入されていないようです。この黒湯、さっぱりした浴感で、系統としては、たとえてイソジンやヨードチンキを思わせる匂いであると思います。



 効能 : ☆☆☆ 成分がさほど濃くは無いのですが、浴感は、身体の芯から、かなり温まります。とくに、水風呂のよさは、(個人的には)綱島温泉東京園、新宿十二社温泉、浅草蛇骨湯に匹敵するような好感度と思われます。 △ これぞ、江戸川七不思議!。それにしても、いつも不思議に思って、見上げてしまう、タワーホール船堀(HP) いったい、どういう経緯から建てたのであろうか?場にそぐわないし気もするし、シンボリックな意味合いが江戸川に不釣合いで、まったく不毛である。そうはいうものの、こんど眺めを含めて、覗いてみたい気がする。△ 今回、あけぼの湯さんについては、とくに書きません。銭湯としては良いと思いますが、温泉としては、どうもパッとしませんねぇ。

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神保町 スマトラカレー 共栄堂

神保町 スマトラカレー 共栄堂

創業大正13年、昼時はサラリーマンのホットなオアシス


 いわずと知れた、カレー激戦区=神保町の銘店=スマトラカレー 共栄堂(HP)さんです。ビルの地下にあるもんですから、これまで名前だけは知ってても、いつも素通りしてました(ゴメンナサイ)。自分的には、神保町は高田馬場同様、食の不毛地帯と呼んでいます。



 それでも、カレー屋さんの聖地であることだけは、たしかな事実で、素通りしてしまう理由は、自分がカレー嫌いだからでしょう。でも、時々、古書店を巡っていて、お腹が空いてしまうこともあるわけですよね。そんなときでも、つねにカレーだけは、自分の蚊帳の外にあったのです。



 意を決して、行列の並びに加わることは、食のバリエーションと胃袋を拡張するのに、まったく向いていますね。カレーに汗するのも、ある意味、お彼岸過ぎても猛暑が続く、温暖化現象の現れ、日本も暫らくすると、インド化してしまうのでしょう。おっと、そのまえにスマトラにも立ち寄るべきですね。ルー大盛 ポークカレー!



 こんな風なメニューが、一番好まれているようです。ソース大盛は、ソースが入った容器(ソース・ポット)が少し大きめになりますが、ふつうバージョンでも、見事に御飯とのバランスは絶妙です。今回は、ソースふつう、御飯も普通盛、それに小サラダを頼んでみました。(=800円+300円)



 スマトラカレー ポーク : ☆☆☆ 思ったよりも辛くなく、美味しくいただけました。味は、イマドキのファストフードに毒されていない、どこか懐かしくもあり、どこかホットする味わい(汗)。ひととおり、辛さを感じた後味も良く、まっとうな作り方をしている調理法に想いを馳せ、食後にカレーを征服した爽快感があります。



 このスマトラカレー、色は黒っぽいんですが、さほど香辛料も強くなく、辛さもほどほど、まったくカレー初心者も肝を冷やすことなく適度にホットになれます。御飯が美味しいというのは、かなりプラス評価すべきところでしょう。意外に、御飯にこだわった店は少ない、昨今、真っ先に利益効率から、カットされる傾向が強いですから、ファストフード店の御飯は不味いですよね。 なんといっても感心させられるのはサービス態度のよさ。老舗の驕りとは無縁で、とても庶民的な接客で、非常に、腰が低く、神田の商人って感じで、ひさびさ感動します。



 接客&サービス感動部門があったら、間違いなく、高得点でしょう。テレビ放映などされただけで、行列ができ、一時的に客足が増えるだけなどと、お高く留まった新興店は見習うべきところは多いでしょう。



 ともかく、このスマトラカレーを求めて、お昼時に訪れる客足はひっきりなしです。たいしたものです。行列が階段上部まで、続いてたとしても、回転は速く、すぐに食卓へと案内されます。



 カレーも美味しくて満足なのですが、人気店ゆえ、追いたてられるように食べるので、まぁ落ち着かないというのが、敢えて加えれば、難点でしょうかねぇ~。なにぶん、オフィス街のど真ん中ですから。致し方ない。それでも十分満足がいく逸品でした。(ぁあ、ちなみにサラダは付けない方が◎、と一言、付け加えておきましょう。) 



( * 千代田区神田神保町1-6 B1  日祝休 )

ちなみに、看板下のグリューネ・アレーっていうのは、緑の街を意味する商店街のネーミングですね。

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川口の銘店 鰻 十和田

川口の銘店 鰻 十和田

File. No.73


 「 申し分の無い味 」というのは、おそらく、ここで食べる鰻のようなことを称したものであろう。まったくもって、感服である。鰻は、かしこまって食べるものではないが、格別な味わいを求めるのであれば、鰻の品質含めて、それ相応のもてなしの空間で落ち着いていただきたいし、堅苦しくないほどの緊張感もあるとなお一層良い。



 とにかく、美味しい鰻にありつけることは、このうえなく幸せなひとときなのである。目に見えない温かみがある、心配りの行き届いた店で食べる鰻、これは、また最高である。川口の駅前から程近い、鰻 十和田 (HP)さんは、創業60年余り、地元でも評判な銘店です。鰻の美味しさを、ある意味、手短に充たしてくれる、素敵なお店です。 アクセス : 店の立地は、かなり判り易い。JR川口駅東口に出て川口そごうと並びの書泉ブックドームを越えたら、八間通りにぶつかります。通りを右折するあたりで、すでに界隈には、鰻が焼けた香ばしい匂いが漂っています。



 八間通り沿いにあるのですが、店の敷地内に一歩、足を踏み入れれば、そこは別世界、ちょっとした隠れ家的スタンスな大人の空間、辺りの都会の喧騒、ものともせず、静かな空間で極上の鰻やお料理がいただけます。駅前から、徒歩5分ぐらいで迷わず辿り着けます。



* (注 : 噂はかねがね聞いていたが、ついに2008年1月末日待たずに書泉ブックドームは、閉店となってしまったようだ。地域にそぐわない未知な品揃えであったが、持ちこたえられず、ありきたりの本屋に業態変換しようとして、却って裏目に出たようなのだった。合掌。)



 (それにしても、途中にある書泉ブックドームは、本の虫にとって魅力的、かなり品揃えが独特で、良い本屋である。対岸にキュポ・ラという大きなSCが完成して、同業他社である文教堂進出により、まともに煽りを受け、書泉ブックドームは、店内縮小を余儀なくされたようだ。しかしながら、フロアも広々、パッと見、狭い神保町の本店よりも、本の種類はあるのでは?と思わせるほどの充実振りでした。) 鰻重(楓) : 3000円 うなぎ=☆☆☆☆☆ 浜松産。完璧なる、ふわとろ系。その超ふんわりとした柔らかさは、まるで卵白かトロロのごとし。もちろん、しっかりとした焼加減でもあり、上品な味わいなれど、ヤワでない、一本、どこか芯の通った印象に、さすがの技を感じさせます。御飯、鰻、ともボリュームは、けっこうあります。



仕上がり&タレ : ☆☆☆ 欲を言うなら、もう少々、無骨で戯れた感じに仕上げても良いのではと思う。表面上の整ってすんなりとした仕上がりと、併せ持つ、粗忽だが味わい深い機微を隠し持っているものがどこか欲しい。タレは、やや辛口か?食後に口に残るので、その付け焼き時、分量加減は、果たして、なかなか難しいと思う。



ごはん : ☆☆ 新潟産とは謂うが、もう少し、御飯自体の旨味も引き出せるような、工夫が欲しい。必ずしも、この鰻とマッチングした御飯とは言いがたい。



肝吸い(値段内に含む) : ☆☆ 到って、ふつうである。ウズラの卵、麩など、見た目だけの具材に頼っている感が、いがめない。緩い。それほど個性のある椀ではない。吸地にこそ、いのちを注いでもらいたい。



お新香 : ☆ 彩りよく、季節の香の物を惜しげもなく並べているが、それぞれクセが強く、味が拮抗してしまい、爽やかさ、爽快感を与えるために求められる香の物の本分を違えている。好きなものだけ摘まんで下さいとの配慮から、多彩なる品々なのであろうが、クセが強い奈良漬など一品に絞り、後は、あっさりめの品揃えであったほうが、よりメリハリが効いて純なはずであろう。



肝焼き : 400円 ☆☆ これといって、優れた一品を感じさせなかった。ややタレの効かせスギ。



営業姿勢 : ☆☆☆☆☆ 注文から焼き上がりまで、約30分ほど。これだけ絶品の養殖物を揃えているのもあるのだろう、あえて天然物を仕入れることは今年より止めたとのこと。



* 評釈は、あくまで個人的な好みの範疇として、お聞き入れ願いたい。言葉尻だけで、けっして美味しさを損なうものではなく、いささか辛い点数で細かく解説しました。もちろん解説不要で、食べて満足できる最上のランクではありますが、あえて拙い語彙で語らせてもらいました。

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南麻布  黒湯 下町銭湯 竹の湯

南麻布 黒湯 下町銭湯 

黒美水温泉 竹の湯


 アクセス : 渋谷から新橋行きバスに乗車、三の橋下車、徒歩3分、東町小学校の裏手にあたります。今でこそ、しゃれた名前で南麻布とはいうものの、前から古川沿いで低地の一帯は、板金や旋盤の町工場などの並ぶ、ちょっとした下町風景なのです。



 そんな入り組んだ迷路のような小路の奥にあるのが、黒湯銭湯=竹の湯さんです。白金(しろかね)も麻布も山側でない限り、そこは、庶民が住む町、下町同然。とくに麻布山善福寺の門前に拡がる、静かな町並みなのです。東京でも意外なところに銭湯が根強く生き残っている場所は、それなりに町の構成要因にその活力が根ざしています。



《竹の湯》の名称は、このあたりが麻布竹谷町であったから、その名を残しています。このあたりはマンションが立て込んできても、やはり下町ですから、そんな匂いが色濃い町並みであり、竹谷町 町内会として、いまでも結束力が強いみたいです。



 白金や麻布の町工場については、みなとものづくりルネッサンス(HP)などを参照してみてください。町工場で旋盤の切れる音など、観光地ではない東京、その重層的な町の息遣いが聞こえてくるハズです。



 渋谷⇔新橋を行き来するバス通りのなかで、かつては、新橋には海水湯(*廃湯)五色湯(*廃湯)があり、一の橋(麻布十番)=越の湯(廃業)(十番温泉)、三の橋=竹の湯、古川橋=金春湯(*廃湯)、四の橋=玉菊湯と黒湯銭湯が続き、いま現在残っているのは、3つですね。 施設&料金 : 430円 ビル内銭湯ですが、清潔感がモットーである都会の銭湯では、竹の湯 (HP)さんは、かなりオススメできる黒湯銭湯です。この竹の湯さんは、今から、ざっと20年以上も前、わたしが都内の温泉銭湯を巡り歩く基点となった、思い出の一ページです。



 その当時、お湯は、もっと激アツで、もっと黒かったように思えます。当時は、コーラのようなお湯って、呼んでました。いまだったら、さしずめコーヒーのようなお湯でしようね。温泉水は、ここで買い求めることも可能で、自宅でも黒湯の恩恵に与ることも可能。 温泉 : ☆☆☆ 甘いモール臭のする、粉っぽいタイプの濃い黒湯です。十分に濃い目なので、うっかり長く浸かろうものなら湯当たりもします。まぁ、なかなかバツグンの黒湯です。



 効能 : ☆☆☆ 美肌&かなり温まり感があり浴後の熟睡可能。肌の弱い人は、成分が強いように感じされます。エネルギーが強いお湯。



 お湯は、大きな黒湯浴槽がふたつに区切ってあるだけで、真湯や水風呂は無い。ひとむかしと違って、もうアツアツな銭湯は、ご老人にも不評であるらしく、左側のお湯は、うめられて、ぬるかった。竹の湯の浴槽が、激アツさを保っていた頃が懐かしい!



 久し振りに訪れたのだが、常連の方が顔を覚えていてくれたらしく、それとなく会釈された。名前さえ知らないけれど、あちこちの銭湯で、向こうから挨拶される場合も多い。銭湯めぐりの醍醐味?でもある。



* 《銭湯ランナー制度》 : 港区の浴場組合は、外苑前や皇居、芝公園などを控え、多くのランナーに、着替えやシャワー室として気軽に銭湯を使用してもらえるような企画を施行しています。着替える⇒ランニング⇒銭湯でひと浴び。これを港区内銭湯で5回すると、12月お台場で開催される海浜マラソンへの参加枠が確保できるみたいでした。千代田区 麹町のバン・ドゥー・シュなど皇居ランナーの贔屓にする基地のようなものが港区の数少ない銭湯で活性化すると良いですね。

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とうきょうの美味しい食べ物や東日本にある温泉地の紹介です。

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