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芦之湯 きのくにや 町営源泉 -5

5. 芦之湯 きのくにや

~ ラストを飾る隠れた名湯は、ダークホース的存在の町営源泉


 一般的に、宿で人気が集まるのは、高原の風が心地よい露天風呂、木の香りが清々しい檜風呂、見た目にも秘湯のイメージ大な濁り湯、広々として家庭では味わえない大浴場など、もてはやされるには、それなりの見かけの高イメージがあります。でも、きのくにやのようなたくさんの湯舟がある温泉宿で、忘れがちなのは、狭くてこじんまりとした、とっても地味な存在の家族風呂です。それも、みたところ無色透明であっさりとした湯使いの鶴の湯(下)と亀の湯(上)であります。自家源泉ではなく、町営源泉ながら、ほぼ味わえるのが此処だけというのも、なかなかマニアックでマストな選択です。



家族風呂(貸切) : 鶴の湯&亀の湯 ☆☆☆☆ 実は、これが、なかなかどうして、あなどれない、名湯なのです。蕎麦屋に通っている理由が、そばがきだったり、だし巻き卵だったりするのに似ています。



 つまり、白濁した硫黄泉にはない、芳醇な、中味が詰まった良さをこの町営源泉が秘めているからなのです。実に魅力的な湯で、少しだけ熱いところ、湯船が深いところ、湯室が狭いところから、なんとも身体に染み渡る名湯なのです。



 こちらの二つの浴槽には、掛け流しで単体で町営源泉が充たされていますので非常に絶品です。なお、大浴場の貴賓殿でも、露天風呂には、この町営源泉が使用されており、非常に身体にズッシリとくることが体感できると思います。



効能 : ☆☆☆☆☆ おそらく、きのくにやで一番、身体に効き目がある、パワーのあるお湯でしょう。目が覚めるような、キレもありますので、仕上げの湯、または朝湯には最適かと思います。



* こちらの浴室も、宿泊者のみ、貸切予約にて入ることが可能となっていますが、ゆくゆくは日帰り客への開放も考えてくれることでしょう。もちろん、家族風呂形式の浴室ですから、宿泊でゆっくり浸かる方がお薦めですけれども。

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箱根 芦之湯 きのくにや  -3

箱根 芦之湯 熊野権現旧跡と きのくにや 源泉地の見学

(↑ 藁葺き屋根の上に見える叢こそ、以前、話題に取りあげた、《芝棟=くれぐし》である。最近、めっきりと少なくなっている、伝統的な様式に気がついた人は居なかったはずだ。芝棟については、こちらを参照のこと。) 



 普段、我々は、温泉地に行っても、ただ湯船に浸かるだけで、そのお湯が、どこから発していて、どこを経由して、どのように管理されているかについて、しっかりとした考えが及ぶことは先ず無いといってよい。



 温泉に対しての熱い思い込みは大切ですが、不用意な推測、根拠に乏しい詮索は、まことに温泉に対する不慣れな認識の一面を拡大させることになりかねません。



 何故、循環が悪いのか、お湯がどうして劣化していくのか、そういったさまざまな条件式は、温泉が生き物であり、また、化学的な反応によって引き起こされ、それを大きく変化させるのも人間の取り組み次第であるし、何ら裏づけの無い思い込みもまた、ありのままの温泉に対しての判断を鈍らせる原因となっているのです。



 その温泉について知らずに、勝手に解釈する輩が多いことには、何をかいわんやですね。疑問は、推測の域を出るために、かならず当事者にその旨を、問い正すことが大切になります。
 松坂屋の創業者は、1662年に箱根権現の許しを得て、この地に守護神である熊野神社を勧請し、芦之湯を開湯しました。



* 熊野権現は、熊野三山で有名な熊野三所権現からの勧請で、ゆやごんげんとも称されている。



 熊野権現と東光庵は、苔むした石段を登り詰めた松坂屋旅館背後の小高い丘の上に安置されており、江戸時代には、権現境内に設えられた薬師堂=別名: 東光庵で、湯治に訪れた文人墨客(=賀茂真淵、蜀山人)が集まり、文化サロン的な役割を果たすも、明治期にはすっかり朽ち果てた姿で1882年に取り壊されました。その後、平成13年、約120年ぶりに東光庵は復元されました。



復元された東光庵は、小田原にあった益田鈍翁の別荘から、この地に移築されたもので、更に遡れば、京都知恩院にあった池田輝政夫人(徳川家康の四女)の供養堂であり、大正時代に小田原の鈍翁別荘へと移されたもので、何度も変遷を重ねているのだそうだ。



 一方のきのくにやは、江戸時代の正徳5年(1715年)に開業。志賀直哉や滝廉太郎らが逗留し、箱根八里などの名曲を残しました。
 歴史的な背景を汲み取りながら、いよいよ核心部分である、芦之湯の源泉地を特別に見せていただきました。現在のきのくにやの本館である場所の道を隔てた向かい、現在、きのくにや旅館の資料館となっている旧館とその背後に渡って、源泉地がありました。



 長雨が続くと、この敷地のどのあたりからも温泉が滲み出てくるような、そんな土地柄であるそうです。まさに、箱根でも貴重な自然湧出の温泉がここには300余年の長いスケールで存在しているのです。これを自然の恩恵と謂わずして、何だというのでしょうか?

 保健所からのお達しにより、汲み出された源泉は、一度、小さなマスに集められてから、浴槽へと運ばれていきます。



 最初の湧出した硫黄泉は、表面に湯華の膜がうっすらと張っているものの、やや緑がかった透明な湯なのでした。それがタンクの中で攪拌されたり、長いあいだ放置されると、硫黄分が抜けたり、成分が折出して白濁するようになります。



 一番下の浴槽は、無量の湯と名付けられた、源泉掛け流しの鮮度抜群な芦之湯源泉モデルです。(注) : いちおう、モニュメントというか、実際に営業用として開放はされていませんが、見学は自由となっています。とっても柔らかくて良い湯です、たくさんの白い湯華が舞っており、さながら卵スープのようです。

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箱根芦之湯 きのくにや ー1

箱根湯巡り その4 芦之湯 きのくにや

~ 第四章 : 創業 江戸時代中期1715年 紀伊國屋旅館 



1.老舗ゆえの苦悩と煩悶の日々に想う。


 箱根七湯でも、もっとも標高が高いところにあり、古くから文人墨客、政府要人たちの避暑の逗留地であった、芦之湯 《きのくにや》を、真夏に何年か振りで、訪れることになった。前回は、立ち寄り湯であったために、ゆっくりと湯に浸かる心のゆとりが無く、失礼した。



 いつかはきちんと宿泊して、ゆっくりと湯船に浸かってみたいものだと思っていたが、やっとその思いが叶った。前訪した、その当時、源泉地を整備しなおす改修工事が母屋で進んでいたのを憶えている。



 そんな折、その源泉地の一角が新しく貸切施設となって、更に生まれ変わりつつあるという話を伺い、温泉オフ会の皆とその共時体験を分かち合った。
 温泉は変わらず湧出し続けるのかもしれないが、旅館の運営は湯舟を充たすほどに、常に順風満帆であるとは限らない。明治十二年:本館が木造三階建ての贅を尽くした繁栄時も、やがて大正の関東大震災により消失。



 されど、温泉を愛する人のこころは消えず、今に至るも、その温泉に対する要望やニーズの多様化により、少なからずも経営を揺さぶられ続けられることになる。
 濁り湯がある。白濁し、硫黄の臭いが立ち込める湯舟に、少なからず人気が集まるのは致し方ないことだ。そんな視覚的イメージや硫黄がもたらす覚醒効果のおかげで、ひとは時に山奥にまで、その洗礼を授かろうと、温泉場を彷徨い求める。 ただし、何かが違っているかもしれない。彼らが追い求めるのは、温泉と謂う名ばかりの危ういイメージの亡霊であって、つねにそれが現実に見合った本質であるとばかりは限らない。いくつかの源泉をミックスすることは、それによって豊穣なゴージャス感にも似た幻惑が生まれるが、一方では、前面に是が非でも押し出したい自己主張をも混ぜこぜにしてしまい、挙句の果て純粋で美しいニュアンスさえ薄め戻してしまう。

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芦之湯温泉 きのくにや -2

箱根の知られざる 豊かな味わいの湯を巡る その4

~ 老舗の名湯 : きのくにや  立ち寄り湯ゾーンの温泉浴槽


 東京に居て、黒湯にばかり浸かっていると、時たま硫黄の臭いが恋しくなってくる。硫黄の香りがする白濁した温泉は、とっても憧れる存在である。濁り湯と謂う言葉の響きに、肌寒くなってきた秋口頃から、なんとなく温泉へ行きたいという想いが強まってくる。



 《きのくにや》には、さまざまなタイプの浴槽がある。さながら、温泉のバイキングのようなものだ。でも、そういう形容は、温泉通からは、いささかウケがよろしくない。何故なら、この温泉が持つ、こだわりや強みが見て取れないばかりか、互いにその泉質が有する良さを打ち消してしまう惧れすら生じてくるからだ。



 中国茶の世界でも、ブレンドされたお茶はご法度である。なぜなら、単一の畑で取れた、均一的な茶葉が、もっともその馥郁たる香りを楽しむのに最適であるからだ。トップグレードの茶葉に別の畑の茶葉を混ぜる必然性は考えられないからである。



 最適化という表現がある。でも、それはたぶんに作業効率やら、経済効率を考えた上での、まやかしに過ぎないとさえ思うことがある。お湯をブレンドしなければいけない意味合いに、最適化の弊害が覗かせている。
 独自源泉と町営供給泉、造成泉と自然湧出泉、そういうインフラの違う温泉が混在して斑模様となっているのが、観光立国=箱根なのである。



 そこには、さまざまなしがらみと、やっかみ、成功者と没落者、温泉の恩恵を受けながらも、それを思うようにかたちにできない難しさも多分に潜む。そのよどみは、お湯を白濁させ、文字通り、問題の核心を濁して、素通りしてしまおうとする。



 館内には、ふたつの大浴場があって、濁り湯の内湯の屋外に、神遊風呂と名付けられた、小さな掛け流しの源泉浴槽がある。これぞ、我らが求める、まっとうな温泉のイメージに他ならない。



 冬場には、たしかに寒い、ただの水風呂といった印象なのかもしれないが、これこそ、年間通じて36℃前後で、芦之湯本来の源泉として、偽らざる真のすがた、ありのままの源泉を示しているものなのである。



 大浴場・貴賓殿には、屋外の露天岩風呂として、この一見すると透明で、けれんみの無い町営源泉が注ぎ込まれている。濃厚な印象をもった硫黄のお湯と、あっさりとして、しみじみ浸かれる透明な湯、この対比が、実は、このきのくにやの贅沢でもあり、強力なウリでもある。



一般の観光客が温泉地に求めるのは、見かけの良い白濁した温泉であって、それが造成泉であろうが、自然湧出であろうが彼らのご都合主義で、そのつど決定されている。



 しかし、以前よりも人々の意識が変わり、好みも多様化し、本物を求めていく志向も強くなったように思える。旅館とて、その動きに沿って、微妙なマイナー・チェンジが要求されている。


* 日帰り立ち寄り湯 : ☆☆☆ 1000円

二つの大きな浴場が別々の棟に分かれて、それぞれに内湯と露天風呂がある。

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(閉館)小湧園 緑の村 箱根みたか荘

箱根の知られざる 豊かな味わいの湯を巡る その2

~ 小湧園 緑の村 箱根みたか荘 

箱根一成分が濃い純食塩泉、隠れた名湯



* 平成25年閉館しています。



* 第二章 分譲別荘地の保養所に点在している独自源泉 : 

保養所・別荘地の自家源泉は、それぞれに個性と特色があり興味深い。広大な別荘分譲地のいくつかの敷地内には、温泉掘削の証しで目印のように、ところどころに櫓が立っています。

 アクセス : ケーブルカーの上強羅駅と小湧園のちょうど中間地点、藤田観光の分譲別荘地=緑の村の中ほどにあります。緑の村入り口バス停より、徒歩8分ぐらい。

 施設&値段 : 250円 三鷹市民や三鷹市在勤の方の保養所です。施設を正面から見た感じは、この辺にありがちな特徴の無い保養所、お役所っぽい保健所のような建物です。三鷹市民外の我々は、立ち寄り湯の申請をあらかじめ、利用日の3日前から予約しておかねばなりません。



 玄関から入って、すぐさま絶景なロビーへと足が自然に向います。全面ガラス張りの向こうに拡がるスーパー・ビューは、中央に8月の大文字焼きで有名な明星ヶ岳と眼下には街が見えます。川奈ホテルのラウンジを思わせるような贅沢なひとときが味わえます。

 温泉 : ☆☆☆☆ 地下450メートルの地下から、86℃の温泉が汲み上げられ、掛け流しにされている。純食塩泉で、口に少しだけ含むと、まるで昆布茶のような塩気がするが、成分には砒素が微量入っているので飲用は出来ない。お湯に溶け込んでいる成分合計がかなりあって、箱根でも随一の濃さを誇っている。ねっとりしているが、肌合いはギシギシした感じ。



 大浴場に浴槽はひとつ、右手の岩組みから熱湯が出ている。ガラス越しの緑が綺麗であるが、眺望は庭園のみで景色は見えない。



 効能 : ☆☆☆☆ 見た目よりも成分が濃く、湯温も高いために長く浸かっていると浴後に肌が赤くなって知らされる。侮れないほどに身体にじんわりと来る。



* 箱根みたか荘 : 足柄下郡 箱根町ニノ平 1297-5

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箱根芦之湯 山形屋

箱根の湯巡り その3. 芦之湯 山形屋と 松坂屋本店

アクセス : 湯本駅前より元箱根行きバスで東芦之湯バス停下車、徒歩2分。松坂屋の敷地内の小道を左に折れてすぐのところにあります。以前、松坂屋本店には来ているので、今回は、芦之湯の3軒目として伺いました。



施設&料金 : こじんまりとした民宿風で、あいにくとフロントは無人でしたので、ポストに500円を入れておきました。商売っ気が無い、地味なスタンスです。
温泉 : ☆☆ 元箱根・大芝系からの造成温泉です。そんなに硫黄臭は強くなく、濁ってもいませんでした。かと言って鮮度も良くなく、どんよりした感じ。湯華は、多少舞っていました。湯底には玉砂利が敷き詰めてあります。湯温が高く、あまり長くは浸かれませんが、単純硫黄泉らしい身体に効くお湯です。



* ここから標高が高い地点にある=プリンスホテル系の湯之花沢温泉の造成泉が白濁して硫黄の臭いが濃厚であるが、どこか薄っぺらい、いかにも造成という、当たり障りの無い、直截的な訴求力に溢れているのに対して、こちらは重厚感はあるが捉え難い渋い良さがあるように思えます。きのくにや と人気を二分する松坂屋本店です。最近は、立ち寄り湯にも制限ができて、よほど運が良くない限り、入湯が不可能になってしまいました。あまりにメディアに取りあげられて、猫も杓子も目指すマストなお湯に成り代わってしまいました。



* 芦之湯温泉の開祖=松坂屋の歴史

江戸時代 1680年代に伊勢・松坂の大南半左衛門(後の勝間田半左衛門)が阿字ヶ池の干拓事業で訪れ、湯宿を開いたのが始まりだという。その当時、温泉番付で、東の横綱は草津、東前頭筆頭が芦之湯、西の横綱が有馬だったそうである。

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箱根湯本 湯本熊野神社

箱根、知られざる豊かな味わいの湯を巡る その1ー湯本熊野神社

第一章 オリジン(原点回帰)



 昨年度に引き続き、お世話になっている《みしゅらん温泉オフ会》で、箱根のさまざまな顔を持った豊かな温泉を訪ねることになりました。



 《温泉》っていったいなんだろう?お湯に浸かるって、いったい、自分にとってどんなものなんだろうか?そんな湯華を躍らせるようにフツフツと湧き上がる想いを、この箱根の道行きに持ち帰りつつ、硫黄の香りと共に肌に染み込ませ、秋に向けて急ぎ足の山並みに訪ねながら、自分なりに自問自答してみたくなってきた。答えは、出来上がっていなくても良いから。



 先ずは、ご当地のお湯の神様に、敬意を表し、ご挨拶と相成った。9月9日、当日、熊野権現を訪ねた日は、折りしも、温泉に感謝する神事の祭礼であった。江戸時代に既に賑わいを見せていた箱根七湯にあって、早くも奈良時代から発見されて今に至っているという、もっとも歴史の古い名湯のひとつとされている湯本温泉。



 その箱根湯本温泉の源泉=湯の《みなもと》、こそ、この熊野神社の背後にある山の背面からの温泉湧出であったといわれています。
熊野神社へと向う途上に、明治時代風の日本家屋が、目の中に飛び込んできます。萬翠楼福住の別邸として明治後期に建造され、井上馨、犬養毅、近衛文麿らの名士に愛されてきた場所だという。



 現在は、画家=平賀敬さんが晩年を過ごした邸宅として保存し、内部は、美術館として昨年の11月から一般公開されているようです。もちろん邸内には、温泉湧出があり、(一般入浴はできないとは思いますが)、その源湯を引いた浴槽もあるようすでした。



 *二枚目の写真、左手奥の山肌奥から、箱根湯元の始原となった湯が湧出しているそうです。


 今回の温泉オフ会では、いろんな意味で、気づきが多かったように思える。大きなポイントは、やはり他人がどうであれ、自分が、どう温泉に対してイメージを確立していけるのか、その自覚と、そのために他人のスタンスを学びながら、ある程度の客観性を持たせることの重要性、総じて言えば、何ものにも左右されないバランスを取れる必要性が求められるように思えます。



 第一章 : オリジン=原点回帰、温泉の湧出現場を見たり、温泉場の成り立ちの原点を意識することで、温泉活用が、いわば観光資源でもあり、前飾りでもある、商業的なデコレーションの背後に温泉を敬い、感謝してきた土俗的なルーツがあることを、認識しようと思う。温泉の影に、かならず熊野神社あり。これを再認識させることとなりました。



 オリジンというのは、現地の温泉の湧出地や縁起であるとともに、自分が温泉に対して抱いてきたルーツ=原体験への接近をも意味しています。草津で生まれ育てば、それが温泉に対しての自分の体感のベースとも言うべき姿であろうし、箱根に生まれ育てば、箱根の温泉に関わってきた自然環境、人的な環境すべてが、その人にとってのオリジンであり、温泉生態系になリ得るわけなのです。



 成分表示の数値は、ただ単に、温泉を客観的に一面的に見れる1指標でしかなく、たいせつなのは、温泉に対して抱いている想いが輻輳された、その人なりの温泉生態系が形成されているのかどうかということなのだと思います。
 

箱根湯本 平賀敬美術館 HP(* 温泉浴槽の掲載写真は、平賀敬美術館さまの紹介サイトより転載)

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箱根湯本 大和旅館

箱根、知られざる豊かな味わいの湯を巡る その1 湯本 大和旅館

アクセス : 箱根湯本駅前から、バス停でひとつめ、おなじみの《温泉場入り口》から、湯本橋を渡って、湯本見番(芸者さんの組合って箱根にもあるんですね。)を左手に見ながら、さらに右奥へ行った突き当たり、旭橋からは、ますとみ旅館と足洗の湯和泉の間の小路を進んで、すぐの左手に、ひっそりとあります。バス通りを早川越えて、一歩入った静かな場所なので、あたりは湯本温泉場らしい雰囲気が漂っている静かでよい場所ですね。施設&料金 : 600円 素泊まりの家庭的な旅館で、立ち寄り湯は大中小=3つの大きさの貸切り浴槽で、それぞれが同じ源泉掛け流しで、鮮度抜群な浴槽になっています。温泉 : ☆☆☆ 歴史的に箱根七湯原点ともなる湯本温泉の、さらなる出発点とも言うべき=熊野神社裏手から湧出しているお湯の系統を引く、とても由緒ある、効能あらたかな温泉です。



 この付近、ますとみ旅館、足洗の湯和泉(権現の湯:内湯浴槽のみ)で使用されているものと同じで、みかけは何の変哲も無い透明な単純アルカリ泉なれど、浴後には、いつ引くとも分からないほどに玉のような汗が吹き出て、効果てきめんな、効き目の早い温泉です。

口先で苦味を感じて、やがて甘味に変わる極上の透明な外観の湯です。ツルキシな肌触りです。

効能 : ☆☆☆☆

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石切橋 はし本

江戸前 御蒲焼  石切橋 はし本 

~ 創業 江戸 天保6年(1835年)になる老舗

VOL.14


アクセス : 高田馬場駅前、ガード下より九段下行きバスに乗り、15分ほど、石切橋下車して橋の袂にあります。だから、はし本。地下鉄有楽町線の江戸川橋からなら、バス停で一個分先まで歩きます。このあたりは、神田川沿いに小さな印刷屋や製本所などが連なった下町の風情溢れる町並みと、坂を上がると、永井荷風にゆかりの豪奢な山手が控えた歴史ある地帯です。うなぎ : 評価 ☆☆☆



東京で、鰻を食うと言ったら、まずは、尾花、野田岩、石ばし
あたりから順に食べていかねばならない。それでもって、石ばしの近隣にありながら、実は、こちらの店が江戸時代からの老舗で唯一残っていて、いまでも江戸川の鰻屋という看板を170年近くも守っている本家的な存在であることに気が付くのである。



 石ばしの、それを、繊細と表現するなら、こちらの鰻は、やや焦げ目も付いて、サクサクとした食感、鰻本来の風味にもとづいた通好みに仕上げた逸品といえようか。



 タレはやや辛め、鰻本来の旨味は、ややコッテリであっても、決して嫌味にならず、しっかりと食後には心地よい風味として口に香るという、なかなかの切れ味を持っている。

 

 並で2100円ながら、かなり小さめのルックスには物足りなさとガッカリ感を思うが、鰻を食して良かったと思わせる後味の良さについては抜群である。よく、食後、胃にもたれたり、妙に塩辛い、甘さが残って嫌味なクドさに変わることがあるが、こちらは何とも抜群である。



* 反面、ふわふわで甘い感じを求めている人には向かないかもしれない。御飯は少なめ、タレは多めながら、程よい炊き込み方で、べちゃべちゃしていない、とにかくバランスは良い。椎茸入りの肝吸いは、出汁の風味も良く絶品。香の物も良い。今回は、九州:宮崎産の鰻を使用。



 ふりで入っても、30分ぐらいの待ち時間で仕上げられて出てくる。石ばしのように予約して、きちんと座敷で、という決め事にも縛られず、こちらのほうが気軽に行ける気がする。



 江戸前らしい、香ばしく、パリッとした仕上げで、後々、しっくりくる味わいなら、この店が、特にお薦めである。石ばしは、もちろん言わずと知れた、万人においてハズすことが無い店。できれば、両者を使い分けたいところである。

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Author:momoneko0725
とうきょうの美味しい食べ物や東日本にある温泉地の紹介です。

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