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倪雲林

《 倪雲林 》



 中国の元末四大家のひとり。詩人であり、画人。



中国の山水画は、目指すところが、西欧的な単なる写実的風景画ではなく、おもにストイックな人物の内面を書き写した、人物画のような厳しさがある。



 そこに描かれているのが、竹であれ、奇岩であれ、松であれ、それは作者の人間を追い求める、心の反映であることが多い。



 画法や画論をなぞるだけであれば、薄っぺらな日本人の山水画の歴史に摩り替ってしまう。おうおうにして、その画が背後にもっている精神的な別世界は、画法とは隔絶した作者の極めてエキセントリックな人生観であったり、道教的な世界観であったりする。



 山水画を観ることではなく、読むことによってしか、その高みに立つことは許されない世界がそこにある。





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ヌーマイト

《 グリーンランドのヌーマイト 》



 グリーンランドは、その多くを、氷河と雪によって閉ざされ、孤絶した極北の地である。地層としては、地球でもっとも古い堆積岩を含み、その極限の気象条件とともに、多くの科学者の格好の研究材料と研究場所を提供し続けてきた。



 ドイツ人の《アルフレッド・ヴェゲナー》もまた、何度と無く、気象研究のために、グリーンランドを訪れ、その悲運な最期を、この地で遂げたといわれる。



 1912年発表され、誰もがその信憑性を疑ってかかった《大陸移動説》は、ヴェゲナーの死後、1950年代になって初めて、日の目を見る機会を得て、理論化されるようになったという。



 コペルニクスが、かつて地球が回っていると宣言したように、地球はそれ自身で内部の状態を変え、地表の地図を太古の昔から、何度か、作り替えてきたのである。



 《ヌーマイト》は、そんな地球創生の30億年という気の遠くなるような永い年月を刻み込んだグリーンランドという極北の地に、妖しくフラッシュする黒い塊として姿を見せた。



 1982年に発見され、アンソフィライトとゲドライトという鉱物が薄いラミネート状になってラブラドライトの輝きのような光沢を生み出し、マグネシウムやシリカ、鉄などを含んで構成されている。

 そこには、太古からあるオーロラの光にも似た、遥か彼方、宇宙からの光線の輝きをとどめ、いま此処に息づいている。





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ノラや 内田百閒・本の世界ー7

『 猫と百閒 』



 百閒の師匠である:夏目漱石の作品をもじった:『 贋作 我輩は猫である 』(昭和25年)を始めとして、愛猫・シリーズには普及の迷作:『 ノラや 』(昭和32年)、その続編とも言える:『 クルやお前か 』(昭和38年)を代表作として、最晩年の『 日没閉門 』まで、グズグズと愛猫失踪の顛末を書き綴っている。



 どちらかといえば人前で、猛烈・頑固(頑迷固陋)で通してきた、一見すると堅物な百閒であるが、たかが迷い猫一匹が自分の前から忽然と姿を消してしまったことから、ふにゃふにゃになってしまい、子どものように取り乱し、あたふたとしてしまうという、人間味をストレートに文章にしたためている。



 そこが、とてもユーモラスで、百閒が後世まで愛されキャラであるというのにもうなづける。猫好きに悪人は居ないというが、まさに《愛すべき猫じじぃ》に変身してしまう百閒なのである。



 或る日、飼い猫のノラちゃんが失踪したために、捜索願を直筆でしたため新聞の折込に入れる。もうそれは、文章の達人=百閒にあるまじき、へなちょこで、切羽詰った哀願、切実な悲哀がこもったようであったという。



 ある意味、これらは猫との純愛物語なのかもしれない。



 ノラが居なくなって、今度は代替として、クルツちゃんが庭に訪れるようになる。それが、この猫の足跡というキュートな装丁の『クルやお前か』である。



 猫シリーズは、イイね。心を打つものが在る。



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YO MILES ! BAND

《YO MILES! BAND》



 ギタリストのヘンリー・カイザーとトランペットのワダダ・レオ・スミスが中心になって組まれたバンド。先頃3枚目のアルバムも出たらしいが、これは2枚目。マイルスのエレクトロニクス時代の曲をジャム・バンドで演奏という触書だができはなかなか良い。

 セカンド・アルバムのメンバーは、トム・スコット、スティーブ・スミス、マイク・ケネリー、グレッグ・オスビー、マイケル・マンリングなど。





《アテンション・デフィシット》



 『注意散漫』なる面白いバンド名をもった、このユニットは、フレットレス・バチュオーゾ=マイケル・マンリングと元プライマスのドラマー:ティム・アレキサンダー(テリー・ボジオ風)、スラッシュメタルの雄:テスタメントの元リード・ギタリストであるアレックス・スコルニックによって結成されたスリーピースのインスト・バンドである。これはファースト。セカンドの方ができが良い、



 マイケル・マンリングは、私が一番好きなフレットレス・ベーシストのひとりで、生前のジャコから直接教えを受けたマーク・イーガンとともにメロディアスな旋律を奏でられる至宝的存在である。

 やはり故人となってしまったマイケル・ヘッジッスからデュアルハンドのタッピングもマスターしている上に、盟友:レス・クレイプル的な不可解なアンサンブルも得意である。





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オーピメントとシンナバー

《オーピメントとシンナバー》



 オーピメントは、雄黄と呼ばれ、古くから黄色の顔料とされてきた。砒素と硫黄の化合物である。オレンジ色の部分は、リアルガーと呼ばれる。こちらは、カザフスタン~中国~ウズベキスタンにかこまれたキルギスタン産。



 シンナバーは、辰砂とよばれ、水銀と硫黄の化合物。やはり赤い顔料を使用するため、日本でも古来から《丹》として、使われてきた。古墳の壁面装飾にも使用が認められている。

 このシンナバーはアメリカのネバダ州産。北米大陸には、カリフォルニア州とネバダ州が主な水銀鉱床であり、ネバダでは、中生代の石灰岩やチャートの接触面に見られ、バーライト、水晶、カルサイトなどを含んで存在する。赤い部分がシンナバー。



 アメリカのカリフォルニア州に産するカルセドニーにシンナバーが混ざったものはMYRICKITEという名称で宝飾市場に出回っています。このようなシンナバーは、他に、アイダホ州、ワシントン州にも存在しており、広い意味で、MYRICKITEとして呼ばれている。MYRICKは著名な探鉱者の名前に因んでいる。



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土手の伊勢屋の天丼

《天丼はゴマ油でからっと》



 江戸前という言葉で語られる、料理とは鰻・寿司・天麩羅であるが、なかでも天丼というのは、江戸前の心意気を良く伝えたものじゃないかと思う。



 上方の上品さというのではなく、江戸の《当たり前さ》を前面に出した分かり易さが江戸前の文化なのかもしれない。



 いつも無性に食べたくなる天丼の味は、浅草の大黒屋さんと吉原・土手の伊勢屋さんの天丼である。

 ゴマ油で揚げているので、見た目も黒く、その脂っこさにもちょっと遠慮したいという人もいるだろうが、この《下品さ》こそが、天丼の全てなのだ。従って、それが嫌であるなら、天麩羅や天丼は、食べない方が良い。

 

 そもそも天麩羅なるものは、江戸時代に火を使うと火事になるからといって、屋外の屋台食として好評を博したものらしい。だから、料亭のようなところで、お好みで揚げる天麩羅とは、また違ったジャンルのものが本来:元祖といえるだろう。



 そうは言ってみた所で、個人的に、土手の伊勢屋で《イ・ロ・ハ》どれを頼むか思案するときでも、若い頃のトキメキは無く、なるべくシツコクなさそうな、ボリュームが一番少なそうなものを考えてしまうお年頃になってしまった(笑)。



 ちなみに、日本堤の近隣には、伊勢屋同様に戦災で焼け残った、

《廿世紀浴場》という昭和4年築造の歴史的な銭湯がある。アールデコとでもいうのだろうか、20世紀への繁栄を見越しての大胆なネーミングである。



 写真は、銭湯研究家の町田忍さんの大著:『廿世紀銭湯寫眞集』の表紙です。

東京の銭湯文化を伝える生きた建造物ですので、興味のある方はぜひ出かけてみてください。土手の伊勢屋の灯りも呼んでいます。伊勢屋のすりガラスには、海老の図柄が入っていて超キュートです。店内の調度品も含めて要チェックです。

* ちなみに浅草の天丼で有名な超行列店:『まさ○』は、マズいので間違っても並ばないように。○は伏字。

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熊谷温泉・湯楽の里

《湯楽の里・熊谷店》



 大手・スーパー銭湯チェーンの《湯楽の里》が各地で、天然温泉・掘削攻勢により、リニューアルを仕掛けている。



 熊谷店は、熊谷から秩父行きのローカルな秩父鉄道(蒸気機関車も走らせている、その筋では有名らしい。)に乗って2つめの石原下車。上越新幹線の高架橋のほぼ下にある施設。3月18日に温泉が開湯したばっかりである。



 泉質 : ☆☆☆ (源泉の感覚に近いのは、唯一、壺湯のみ。ほのかに硫黄臭のする貝汁タイプ。多摩境の湯、きぬの湯、海老名の湯と同じタイプ。泡付きがスゴイ!けっこう浴後温まる。他の浴槽は、カルキ多量投入により、まったく効力なし)



 施設 : ☆☆ (露天風呂に浸かって、新幹線を眺められる、この温泉は、品川の宮城湯以来かもしれない。けっこう特殊。)



 値段 :  700円。 アクセス : ☆☆☆



* マスコット・ストラップは、ジュースについてたおまけ。今人気のキャラクター:あおくび大根くん。銭湯シリーズなるもので、大根が湯あたりしてのぼせているらしい(笑)。

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黒澤明の百閒

『まあだだよ』

 

 黒澤 明 監督による、30作目の映画は、内田百閒の半生を描いた『まあだだよ』であったことは、まあだ記憶に新しい。

 

 その前作である:『夢』という作品が、すでに百閒の幻想的な文学へのオマージュあるいは先がけであったような気がする。事実、黒澤監督自身も『東京日記』からイメージを借用したとの認識がある、と述べている。



 映画のタイトルは、百閒が、ジジイになったころ、教官時代の教え子たちが、恩師=百閒を囲んでの親睦会を『摩阿陀会(まあだかい)』と称して、やっていたらしいことに因んでいる。

 いったい、いつになったら、くたばるんだ?いやいや、まだだよ。みたいな、やり取りなんだろうが、ほんとに心底イタズラ好きの百閒らしさが滲み出ている。



 僕らの世代が読み取って文中から感じる百閒と、黒澤監督がスクリーンで表現しようとした百閒は、もちろん違ったイメージ交感であったかもしれない。でも、そこに古き良き時代である昭和の生活と、類稀な個性と、我が儘でありながら無垢であるという=百鬼園が、どこか懐かしさと優しさのハザマで息づいているような気にさせてくれるのである。

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ウォーレン・ククレロ

《ウォーレン・ククレロ》 私が好きなギタリスト列伝ー12



 ザッパ門下生は、人材が豊富である。知る人しか知らないククレロは、テリー&デイル・ボジオ夫妻のミッシング・パーソンズ(懐かしい)や、パトリック・オハーンのアルバムに参加。

 あの一世を風靡した、《デュラン・デュラン》の一時期メンバーでもあった。



 これは、その昔、奇跡的に買ってた、ククレロの自費製作ぽいソロ・アルバム。盟友:ヴィニー・カリユタの参加が泣かせる本作であるが、全編は、スティーヴ・ヴァイ風のギター弾きまくりのインストである。けっこうスゴイ。



 それにしても、スティーヴ・ヴァイだけでもスゴイのに、マイク・ケネリーや、このウォーレン・ククレロが《ザッパ》のなかでは、サイドギター的な扱いというのも、やっぱり恐るべし雑派鍋。

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べスビアナイト

《べスビアナイト》



 べスブ石とも呼ばれる。イタリアにあるベスビオ火山で発見されたところから、この名が付けられた。



 左は、ロシア産。シベリアのヴィリュイ川付近で採れる濃緑色のものは、ボロンという元素が入った別の石となり、ヴィリュイ石とよばれる。これもシベリア産であるが、色からして、カリフォルナイト(カリフォルニア翡翠)とよばれるものに似ている。



 右は、メキシコ産で、白いウォーレストナイト、ピンク色のラズベリー・ガーネットとともに混じっている淡褐色の部分がそうである。



 必ずガーネットと対になっており、何か意味合いがあるのだともいえそう。





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momoneko0725

Author:momoneko0725
とうきょうの美味しい食べ物や東日本にある温泉地の紹介です。

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